資料収集と基礎情報確認
学術的資料を集める際には、まずその基礎情報を確認しましょう。ここでの「基礎情報」とは、(a)その資料が自分の調べたいトピックに触れているのか、つまり、自分のリサーチ・クエスチョンに対する回答を考える、調べるのに役に立つのかという点に加え、(b)それがどのような著者によって、どのような時代に書かれたのかという点です。より新しい研究に基づいて専門家が作成した資料やデータの方が、古いものよりも信頼できることが多いです。資料が論文の場合は、冒頭にその要旨と作者、年代が通常書かれています。本の場合は、序文などに全体の目的や要約が書かれていることが多いですし、作者についての情報も電子目録やデータベースを使えば確認できます。
アカデミック・リーディングという行為
アカデミック・ライティングと同様に、アカデミック・リーディング、つまり学術的に読むことも複雑な行為です。第一に、「学術的資料」と呼ばれているものには多様なタイプのものがあります。論文、サーベイ論文(「レビュー論文」とも呼ばれる、あるトピックについての研究状況についてまとめる論文)、専門書、教科書、報告書、ポピュラーサイエンスなどの一般書、新聞などが含まれます。
これらの学術的資料は、書かれた主目的が異なります。例えば、教科書はすでに学術界で確立された研究内容や知識を初学者に学びやすい形で教えることを主目的として書かれています。あるタイプの学術的資料は、複数の主目的を持つこともあれば、主目的以外の副次的目的も持っています。学術的資料全体を理解するためには、全体の主目的が何かを把握することに加えて、各部分(章、説、パラグラフ)がどのような目的(副次的目的)を持って書かれているのかを把握しなければいけません。アカデミック・リーディングが複雑な行為である二つ目の理由は、学術的資料の複数の目的を把握しつつ読む必要があるからです。
特に論文や専門書は、「リサーチ・クエスチョンに対する特定の回答を合理的に立証すること」を主目的とすることが多いです。ただし、これ以外の目的を持つ部分も含まれています。
- リサーチ・クエスチョンの背景、重要性を説明する
- 論文、著作の構成を説明する
- 実験、調査を設計し、説明する
- 実験、調査結果を分析し、報告する
- 資料や関連研究をまとめる、解説する、評価する
- 立証した見解の意義や重要性を評価する
論文や専門書の全体を理解するためには、それらの全体の主目的と各部分の目的(副次的目的)を確認しながら読み進むことが重要です。ただし、全ての資料に対して、このような読み方をする必要はありません。自分が知りたい情報にだけ着目して読むという情報の取捨選択を行ってもかまいません。アカデミック・リーディングが複雑な行為である第三の理由は、このように知りたい情報の種類に応じて、読む目的も複数ありうるためです。学術文献を読む際には、以下のうち、どの目的を持って読むのかを意識しておくと、自分が必要とする情報を集めやすいです。
(資料全体を理解する)
- 主目的、副次的目的を確認する
- それらの目的達成のために何が行われているのかを知る
(研究の意義・重要性を確認する)
- あるリサーチ・クエスチョンについての研究がどのくらいあるかを知る
- 自分の議論や見解がどの程度他と異なるのか、関係するのかを知る
(研究の方法を知る)
- 議論、調査、実験の方法を知る
(研究を分析、検討する)
- 特定の研究(議論、調査、実験の方法)に問題点がないかを検討し、自分の研究で回避する、あるいは批判する
(可能な批判を把握する)
- 自分の議論(見解、根拠)についての反対根拠をあらかじめ知る
研究を分析、検討する
これらの目的のうち、特に「研究を分析、検討する」という目的を持って学術的資料を読むことは、「クリティカル・リーディング」と呼ばれます。先に述べたように、学術的資料は、様々な目的を持って書かれていますが、特に論文や専門書が主目的としているのは、「リサーチ・クエスチョンに対する特定の回答を合理的に立証すること」である場合が多いです。このときの「リサーチ・クエスチョンに対する特定の回答」は、社会的、政治的、技術的問題に対する特定の解決の場合もあれば、ある現象に対する特定の仮説である場合もあれば、資料に対する特定の解釈や資料で述べられた議論に対する肯定的、否定的評価である場合もあります。そして、「合理的に立証する」とは、特定の回答(問題解決、仮説、解釈、評価)が正しいとする根拠や証拠を提示することを意味しています(クリティカル・リーディングについては、「名古屋大学生のためのアカデミック・スキルズ・ガイド クリティカル・リーディングを行う」も参考にしてください)。
「証拠」は特に、社会調査、実験などの経験的な調査でえられた根拠を意味しています。根拠、証拠が特定の回答を合理的に立証するためには、「根拠、証拠が与えられたときに、その回答が正しい確率がある程度高い」という条件が満たされる必要があります。この条件を満たすための方法には専門分野に応じて様々なものがありますので、専門分野の知識や方法論を身につけないと分からないものもあります。ただし、日常的にわれわれは、どのような根拠、証拠がよい根拠、証拠なのかをある程度理解しています。例えば、その根拠、証拠が与えられても、その回答以外の回答が正しいことがありうるという場合は、あまり強い根拠、証拠ではありません。
論文や専門書の研究を分析するとは、(a)どのようなリサーチ・クエスチョンに、どのような回答を与えているのかを明確にする、(b)その回答に対する根拠、証拠としてどのようなものを提示しているのかを明確にする、ということです。研究を検討するとは、(c)分析(b)で明確にした根拠、証拠が、分析(a)で明確にした回答に対する十分な根拠、証拠なのかを考察することを意味しています。クリティカル・リーディングを行うとは、この研究の分析(a)、(b)とともに、研究の検討(c)を行うことです。受動的に学術的資料を読むのではなく、自分で資料の分析と検討を行いながら、能動的に読むことなのです。
学術文献のまとめ方
アカデミック・リーディング、またクリティカル・リーディングを行ったならば、レポートの中で読んだ学術文献の内容についてまとめることが格段に簡単になります。レポートの中で学術文献についてまとめる場合、二つのやり方があります。
(要約)
- 一つの文献の全体を(その研究背景、研究方法、議論、展望なども含めて)まとめる
(サーベイ)
- 複数の文献の内容を特定の観点に注目しつつまとめる
サーベイとしてまとめる場合の観点は、リサーチ・クエスチョン、研究方法、回答など様々なものがありえます。これらが同じものをまとめることもあれば、異なるものを並べて比較する場合もあります。
要約の書き方
学術的資料の要約をどの程度長く書くのかは、レポート全体の中でその資料がどのくらい重要になるのかによって変わります。重要な場合は長く書きますが、重要度の低い場合は一文でまとめることもあります。長い要約を書く場合、(1)論文の主目的と各部分の目的を確かめ、(2)まとめの長さに応じて、どの情報を要約に入れるかを決めます。このとき、元論文の情報の順番と同じである必要はありません。元論文の強調点を読者が理解しやすいように、入れる情報の量、順番を決めてください。長い要約を書くに当たり注意する点が幾つかあります。以下の点全てを守る必要はありませんので、自分の要約で何を重視したいのかを選んでください。
(正確さ)
- 元論文の内容を正確にまとめる
(完全さ)
- 元論文の重要な点をすべてまとめる
(強調点)
- 元論文が強調している点を、要旨でも強調する
(読みやすさ)
- 元論文を読んだことがない人でも、その内容が分かる
(独自性(主体性))
- まとめる際の言葉は自分自身を用いる
短い要約を書く場合は、学術的資料の主目的を確かめ、それを記述するだけでもかまいません。この場合も、どの程度長く要約をするのかは、長い要約の場合と同様に、レポートの中でのその学術的資料の重要性によって決めてください。例えば、一文で要約する場合と二文で要約する場合、以下のように情報量が異なります。
例1:
加藤(2008)は、女性差別的な無意識のバイアスが、被雇用者決定の場面でも作用しているという調査結果を報告する。
例2:
女性差別的な無意識のバイアスの存在は数多く報告されている。代表的な研究として、加藤(2008)の調査は、同一の履歴書を男性名と女性名で400の企業に送った結果、面接に招かれるケースは、男性名の方が1.8倍も多かったと報告している。
サーベイの書き方
複数の学術的資料をまとめるサーベイをレポートの中で行うこともあります(一つのレポートの中で観点に応じて、複数回異なる文献についてのサーベイを書くかもしれません)。サーベイは漠然と読んだ文献の内容をまとめるものではなく、重要な点は、(1)何のためにまとめるのか、(2)文献の共通点と相違点をどのようにまとめるのか、になります。(1)の観点を具体的に設定することがまず重要です。観点を設定するために、何のためにまとめるのかを考えてください。自分の研究方法を他と比較したいならば、観点は研究方法として設定します。あるリサーチ・クエスチョンの回答に対する批判を紹介したいのであれば、観点はその回答に対する回答として設定します。回答を立証する様々な議論を紹介したいのであれば、回答に対する議論を観点として設定します。サーベイの目的、そしてそれから生じる観点が読者に明確になるようにしてください。
例1:観点=同じあるいは類似したトピック
カナダの教育については幾つかの研究がすでに存在する。高橋(2000)は小学校教育、山田(2011)は中学教育、伊藤(1998)、合田(2015)は高校教育についての研究である。それぞれ州別に生徒のうちでカナダ出身者とカナダへの移民の第一世代、第二世代がどのくらいの割合なのかを調査している。
例2: 観点=特定の研究への批判
人工知能が人間の職を奪うとするマーキー(2015)の研究には、幾つかの批判が投げかけられている。楊(2016)はマーキーは人工知能技術の発展を過大評価していると論じ、21世紀中に多くの職を代替するまでに人工知能技術が発展することはないと論じる。ベルサック(2018)は、マーキーの用いた人口統計には誤りがあり、人口減少はより速い速度で進展するため、職が奪われるという結果はマーキーの予想よりも小さいと論じる。
- 参考文献
- M. Webster (2017) “How to Write an Academic Summary.”
https://inside.tru.ca/2017/01/18/how-to-write-an-academic-summary/
- 学生への推奨文献
- 福澤一吉(2012)『文章を論理で読み解くためのクリティカル・リーディング』、NHK出版.
- 発行|
- 名古屋大学教養教育院 & 高等教育研究センター
- 初版|
- 2019.3.25
- 作成|
- 笠木 雅史