第95回客員教授セミナー
大学院生の生きるアカデミックコミュニティの
探求:謝辞を対象に
佐藤 万知 氏
広島大学高等教育研究開発センター 准教授
2019年6月13日(木)15:00~17:00
名古屋大学 東山キャンパス 文系総合館5階 アクティブラーニングスタジオ
開催案内
第95回客員教授セミナー
- 講演題目
- 大学院生の生きるアカデミックコミュニティの探求:謝辞を対象に
- 講演者
- 佐藤 万知 氏
(広島大学高等教育研究開発センター 准教授) - 日時
- 2019年6月13日(木)15:00~17:00
- 場所
- 名古屋大学 東山キャンパス 文系総合館5階 アクティブラーニングスタジオ
講演概要
様々な内外の要因から社会における大学の役割が改めて問われている昨今、大学を大学たらしめるアカデミックであるとはどういうことか、アカデミックコミュニティとはどのような集団なのか、について考えることは重要である。この課題は多様な視点から取り組むことが可能だが、本セミナーでは、博士論文の謝辞および大学院生への聞き取り調査の分析をもとに、大学院生がアカデミックなコミュニティに身をおくことのリアリティをどう経験しているのかを明らかにする。
講演要旨
大学教員を目指す学生にとって大学院とは、帰属する専門分野における知の体系に触れ、共有されている手法を学び、それらに基づき新しい知見を生み出すことを習得する場であると考えられている。同時に、認知的徒弟制や予期的社会化という言葉が示す通り、大学教授職に触れ、理解を深め、アカデミックコミュニティに参加し、アカデミック・アイデンティティを形成する場でもあると指摘されている(Austin 2002、 Henkel 2000)。しかし、具体的にどのような経験をし、それがどのように解釈され、アカデミックであることの認識や自らのアカデミックアイデンティティの形成、コミュニティの認識と帰属先の選択につながっているのか、という点については、探求の余地がある。そこで、大学院生がアカデミックなコミュニティに身を置くことのリアリティをどう経験し解釈しているのか、その経験からどのようなアカデミックな自分像を構築しているのか、について、二つの異なる手法、ライフストーリーインタビューと謝辞を用いた研究から探求する。この二つの手法において重要な相違点は、ライフストーリーインタビューは本人の認識を解釈する作業であるのに対し、謝辞は初めから読み手を想定した上で書くテキストである。
まず、ライフストーリーインタビューにおいては、大学教授職をキャリアの選択肢として考えている大学院生12名に大学院進学の動機や経緯、大学院での経験と大学教授職に対する理解の変容、大学教員への道のりをどう考えているのか、といった点について聞き取りを行った。
これらのインタビューから、いくつか明らかになったことがある。まず、アカデミックであることは何かを自由に追求し、真実を明らかにしていく作業であり、そのことに対する憧れや幻想がみられる。しかし、自分自身の研究テーマについては、指導教員との関係や様々な偶然で決定されており、必ずしも自由な探求という現実があるわけではないことを認識している。また、大学院生にとって、一番身近である研究室というコミュニティに適応することは、専門分野のコミュニティである学会に適応する以上に意味合いがあることが明らかとなった。つまり、研究室および指導教員が専門分野をある種体現するものとして認識されており、そこでの葛藤を乗り越えつつ、アカデミックな自分を構築しようとしている。
謝辞研究では、博士課程後期の大学院生12名に集まってもらい、その場で謝辞の下書き、内容に関する取捨選択についてのディスカッション、謝辞を書くことに関してのコメントを作成し、提出してもらった。博士論文における謝辞は、博士論文の完成に至るまでの道のりや「関係」を振り返り、関係他者に謝意を表現すると同時に、アカデミックコミュニティの一員として信頼するに値することを自己表現する場としてみなすことができる(Mantai & Dowling、 2015; Hyland、 2011; Butler、 1990)。
そこから明らかになったこととしては、自分の研究者としての存在価値や姿勢を表現する傾向があること、良好な人間関係やコミュニティに属していることを示唆する表現がみられた。謝辞が関係他者(指導教員や研究室のメンバーなど)に読まれることを前提にしているため、アカデミックな自分のパフォーマンス的要素が強いと考えられる。ここでも認識されているアカデミックコミュニティーは一番身近な研究室であるが、ライフストーリーインタビューよりも学会等より大規模なコミュニティが意識されていることがわかる。
この二つの研究から、謝辞分析を通じてみるアカデミックコミュニティはより政治的で人間的、ライフストーリーで語られるコミュニティは幻想が含まれると言える。つまり大学院生は、幻想的なアカデミックコミュニティをイメージしつつ、現実的に一番身近な研究室等のコミュニティで経験を積み重ね、アカデミックであることに対する認識やアカデミックなコミュニティに対する理解を形成している。
- <参考文献>
- Austin、 A. E. (2002). Preparing the Next Generation of Faculty. The Journal of Higher Education、 73 (1)、 94-122.
- Henkel、 M. (2000) Academic Identities and Policy Change、 London: Jessica Kingsley Publishers.
- Hyland、 K. (2003). Dissertation acknowledgements: the anatomy of a cinderella Genre. Written Communication、 20 (3)、 242-268.
- Mantai、 L. & Dowling、 R. (2015). Supporting the PhD journey: Insights from acknowledgements. International Journal for Researcher Development 6 (2)、 106-121.
- 申し込み方法
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