第53回招聘セミナー Curricular Development within a Research-Intensive University ジェームス・ウィルキンソン氏 (Dr.James Wilkinson) Director, Derek Bok Center for Teaching and Learning,Harvard University 2005年12月6日(火) 午後2時〜午後4時 名古屋大学東山キャンパス 文系総合館7階カンファレンスホール
講演要旨
ハーバード大学文理学院は、約30年ぶりのレビューであるカリキュラムの検討と改革のプロセスにこれまで三年を費やしている。カリキュラムに関するさまざまな問題が長期間にわたって吟味されてきた。今回のレビューのそもそもの目的は、教養教育の再定義の試み、学位取得要件の変更、学士課程カリキュラムにおける自然科学の役割の拡大、学生の国際経験の促進、学年暦の改定、学生への助言サービスの充実、新しい教授法の導入といったことがらを含むものであった。
それゆえに今次のレビューは包括的なものである。レビューのさまざまな局面や仕組みが、研究重点大学のこうした試みが潜在的に持つ重要な矛盾を提示している。その矛盾とは何か? 端的に言えば、カリキュラム開発が論理的に一貫するためには、中心となる論理が必要である。けれども、実践に移すためには、教員集団、事務局、学生の単なる表面的なものを超えた真の同意を確保しなければならない。しかしながら、改革が支持されるのは、多様な関心を持つ集団が、改革が実際の問題を解決するものだと認めたときである。つまり、改革がかれらの状況を改善することに役立つとみなした場合に限って、改革は支持されるのである。ただし、集団の考え方は多様なので、改革を必然的なものだと認めさせることは、プロジェクト全体を導くうえでの論理的な一貫性に合わないさまざまな目的や関心を招き入れることにつながる。
そこで、カリキュラム開発における二つの方法がみえてくる。すなわち、ひとつは現実的な成果をあげる可能性を度外視して首尾一貫する方法である。もうひとつは、細かな分断に悩まされ目的が食い違って作用しかねないような、互いに相殺しあうようなバラバラの改革の支持を獲得する方法である。それゆえに、ハーバードの学生の国際的な経験を拡充するために海外でさらに学習させようとする要望と、コースが連続的であり互いに密接に結びあっている自然科学のコースの数を増やそうとする要望のあいだに葛藤が生じるのである。海外経験を促進するためにパリや東京で1セメスターを過ごすことは、自然科学の教育を中断しかねない。明確な優先順位を付けなければ、いずれにしても、このようなトレード・オフを解消することは難しいし、言い換えれば、逆もまた同様に自然科学も国際経験に優先しうるのだ。
こうしたジレンマを回避することは可能だろうか? 論理的な筋道を通しつつ、実施に必要なコミュニティーの意欲や理解を確保するようなカリキュラム開発を行うことは可能だろうか? 私の答えは、条件付きの「イエス」である。けれども、いかに必要な譲歩を達成することが困難かということを強調しておくことはたいせつである。ハーバードの経験からは、私が思うに、すべきこと、すべきでないことの両面でいくらかの教訓が得られた。最低限必要なことがらは、カリキュラムを革新しようとする思考と、それへの支援を確保するための政治的な手腕、および相当な忍耐である。結局、新しいカリキュラムの開発は研究のようなものであり、誤ったスタートと袋小路、予期しない驚きに満ち、願わくば、ささやかな成功をあげることなのである。
ハーバードの経験が示唆する教訓とは何か? 第一に、「なぜ」カリキュラムを開発するのかについて可能なかぎり明確な考えを持ち、実行したい改革の数を抑えることである。第二に、あらゆるレベル−教員集団、職員、学生−に意見を求めるシステムを開発することである。いったん改革の最終目標が提案されれば、これらの異なる構成員から賛同が得られるようにするためである。第三に、改革のプロセスは遅々として反復するものだと理解することを厭わないことである。ハーバードでは、第二の点はうまくいったが、第三の点は不本意ながら容認され、第一の点は最初にしくじったといえる。前回のカリキュラム・レビュー以後、30年を経過した議論であったことに加えて、なぜ改革が必要だったのか、また、いかにして競合する目標のなかから選択するのかについての一貫した理由は示されなかった。これはいまだにカリキュラム・レビューのもっとも弱い部分であり、私見では、ハーバードが知的な卓越性を有していることを皮肉にも示したということになる。
しかし、レビューの緩慢な速度は、もともとの提案者が予期していたよりもはるかに遅いものであったが、現時点では、結果的に有利にはたらいたとみなせる。さまざまな改革に関する議論によって大学が達成しようとするビジョンが明確にされたからである。たとえば、第二期の一般教育委員会が、多数の人びと(私自身を含む)からあきれるほどの弱点が指摘された報告書を作成した後、少人数のワーキング・グループがこの夏に会合し、かれらの提言を完全に書き換え、焦点を明確にし、以前の草稿で著しかったあいまいな点を減らした。こうしたワーキング・グループの意欲や、他の委員会が批判に耳を傾けたこと−学生からの批判を含む−によって、大学の多様な集団はそれぞれの見解を示し、委員会のメンバーは合意形成のための時間的猶予を得たのである。
最終報告書は、今春にはすべての教員の投票に付される。それは、大学全体がハーバードのカリキュラムにおける大きな改革について議論や論争、拒否、修正、そして願わくば最終的な合意に、三年を費やしたことを意味する。そもそもの手順の欠点を認めることを同意しなければ、ここまではたどり着けなかったに違いない。
開催案内
第53回招聘セミナー
Curricular Development within a Research-Intensive University
研究重点大学におけるカリキュラム開発
ジェームス・ウィルキンソン氏 (Dr.James Wilkinson)
ハーバード大学 デレク・ボク教授学習センター長 (Director, Derek Bok Center for Teaching and Learning,Harvard University)
日時:12月6日(火) 14時から16時
場所:名古屋大学東山キャンパス 文系総合館7階カンファレンスホール
言語: 英語 (発表の要旨(日本語)を配布いたします。)
講演要旨:
現在、カレッジのカリキュラム改革が進行中であるハーバード大学の事例を手がかりに、研究重点大学におけるカリキュラム開発のあり方について議論します。
お問い合わせ: 鳥居 <torii@cshe.nagoya-u.ac.jp> (tel:052-789-5691)
※セミナーに出席を希望される方は、セミナー当日までに<seminar@cshe.nagoya-u.ac.jp>宛へご連絡下さい。(準備等の都合のためであり、必須ではありません。) セミナーは研究者、教育関係者、教育機関の事務担当者、学生(大学院生・研究生・学部生)、社会人など多くの方の参加を歓迎しております。 また、セミナー開催情報メールサービスも是非ご利用下さい。