第29回客員教授セミナー 教養教育の実施と評価 絹川 正吉 氏 国際基督教大学名誉教授・元学長/文部科学省「特色GP」実施委員会 委員長 2005年9月29日(木) 午後2時 名古屋大学東山キャンパス 文系総合館7階カンファレンスホール
講演要旨
まず、研究大学における教養教育の実施状況を概観する。旧7帝大の教養教育の実施体制は多様である。教養学部という担当責任部局を残した東大を除くと、いずれの大学も全学委員会を核にして、高等教育関係のセンター、実施責任部局、授業担当教官制度の組合せである。このように、教養教育の実施体制は大学によって異なるが、抱える問題という点では共通点も少なくない。(1)目的・目標がしばしば標語になっており、それらとカリキュラム(開講科目)の間に落差がある、(2)学科目の配慮は、現任教員の構成によって事実上決定されている、(3)全学出動・委員会方式が採用されているものの、教養教育の責任主体が必ずしも明確ではないうえに、教員の負担増加により教員の間に疲弊感が広がっている、(4)「4年一貫教育」という標語の下に教養教育と専門教育の有機的連関を図るも、実態は専門教育重視で、基礎科目で教養科目を代替させている、ことなどである。これらは、教養部を廃止したことに伴ういわば歪みであり、これがいまだ解消されていない。
教養教育をめぐる問題の難しさはアメリカでも同様である。ハーバード大学では、1979年にコア・プログラムが導入され、文学・芸術、科学、歴史研究、外国研究等の6領域がコアとされた。しかし、コアの必修条件が学生の学習を不自然にしており、領域設定が学生の知的関心を限定しかねないなど、本来の理念からの乖離がみられるなどの問題点が指摘されている。代わって提案されているのがカレッジコースである。これは科目選択の幅を拡大する、知識・概念、古典への導入を徹底する、専攻分野への準備を目標とするなどの特徴をもつ。
次に教養教育の評価の問題について考える。大学評価・学位授与機構による各大学の教養教育の評価では、当該大学の設置する目的・目標が明確かつ具体的に設定されているか、当該大学の行う諸活動が目的・目標の実現に貢献しているか、また、諸活動の結果としてそれらが達成されているかをみた。具体的には実施体制(運営組織と活動内容、学生による授業評価、FD等)、教育課程(教育課程の編成・履修状況、授業科目区分とその内容、履修状況)、教育方法(授業形態、学習指導法、成績評価方等)について評価を行った。この評価はあくまでシステムに関するものであり、教養教育の内容には立ち入らない。教養の内容は必然的に思想・信条に関わり、これに対して絶対基準を設定して評価を行うことは難しい。そのため、評価の実施する側と受ける側が水平的・相対的関係に立って行う相互評価を行うこと、両者が教養教育の価値をいま一度認識することを促すことが肝要となる。
最後に、教養教育のあり方やそれに関連して大学組織のあり方について考える。教養教育の現状を改善するため以下の方策が考えられる。さしあたりの措置としては、教養科目を精選するシステム(教養教育の目的に照らして科目審査を実施)を導入する、精選のうえ開講を認めた科目は人的・物的に優遇する、全学出動を実質的に廃止すること等である。将来的には、研究大学は大学院大学に徹する、学士課程の機能・組織を教養カレッジとして分離・独立させる等の大胆な発想も必要かもしれない。教養教育は、知識人としてのアイデンティティを明確にしそれを身につけることに深く関わる。知識人として、また大学の構成員として、大学が掲げる崇高な理念にコミットすることのできる人間を育てるものである。具体的には、たとえば、幅広い領域に通じつつ自分の研究領域を深めること、さらにその価値を専門領域以外の人間にも的確に語ることのできる人間の育成に関わる。
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