市民とともに科学するEnglish
サイエンスカフェをはじめる
さて、ここからはいよいよ科学コミュニケーション「はまり道」に突入です。あなたが、講演会や公開講座の講師をつとめるだけではあきたらず、さらに市民と語り合ってみたい、市民の考えをもっと知りたい、と思ったなら、より双方向的なコミュニケーションを可能にする「場」を立ち上げてみたくなるでしょう。ここでは、「サイエンスカフェ」を例にとって、あなたのカフェを立ち上げて運営していく際に役立つポイントをまとめておきました。
1 サイエンスカフェの精神を知る
サイエンスカフェの始まりと、日本に導入されたいきさつについてはコラムをご覧ください。サイエンスカフェの精神を次のように表現することができるでしょう。「喫茶店や酒場で、みんなスポーツや芸能界、政治の話はするのに科学・技術の話はほとんどしない。みんな、科学の話もしようじゃないか!」というわけで、本来のサイエンスカフェは次のような特徴を持っています。
- 大学や研究所の外、つまり市民の生活の場である街の中で行う
- 喫茶店、バー、書店の喫茶部、レストランなどを会場とする(この他、お寺などユニークな場所で開かれたケースもあります)
- 参加者は20-30人程度。事前の登録や申し込みなどは必要としない。
- 最初にごく短時間(20-50分)科学者が話題提供をし、そのあとは参加者が比較的長時間自由に議論する
- 科学を伝えること(理解増進)を主眼とするのではなく、科学者と市民が科学について、科学と社会の関係について、自由に気軽に討論することに主眼をおく
- 飲み物やお酒を片手に、リラックスした雰囲気で語り合う
とはいうものの、現在ではさまざまな形式のものが「サイエンスカフェ」の名の下に行われています。大学のアウトリーチ活動の一環になっているもの、100名以上の規模で行われるコーヒー付き講演会になっているもの、大学院の教育プログラムの一環になっているもの、などです。運営主体も様々です。以下では、あなたがオリジナルのサイエンスカフェにできるだけ近いものを立ち上げていくには、どうすればよいかを考えてみましょう。
2 サイエンスカフェを立ち上げる
2.1 まずは見学する
あなたの身近で行われているサイエンスカフェをまずは覗いてみましょう。全国のカフェの開催情報は、「サイエンスカフェ・ポータル」に集約されています(http://cafesci-portal.seesaa.net/)。
2.2 ゲストスピーカーに名乗りを上げる
覗いてみて興味深く思ったなら、次に、話し手として名乗りを上げてみましょう。多くのカフェは、話し手を探していますので、渡りに船でOKしてくれるはずです。カフェのゲストスピーカーとして話題提供する際には次の点に留意するとよいでしょう。
- 事前に、運営側の人々から話を聞いて、カフェの運営方針を理解しておきましょう。
- 話題提供の時間は非常に短いことが多いです。詰め込みすぎないように気をつけて準備をします。どうせ後に議論の時間があるのだから、言いたいことがたくさんあったらその時間に言えばよい、くらいの気持ちで。
- プロジェクターを用意してくれるカフェもあれば、講演会のようになるからそれはやめてくれ、というカフェもあります。プレゼンテーションソフトを使わずにやってみる、くらいの冒険をしてもよいのではないでしょうか。
- 講演会ではありません。あくまで話題提供ですから、その部分のできばえをそれほど気にする必要はありません。尻切れトンボでもよいくらいです。むしろ、後の質疑や議論にどれだけ真摯につきあってくれたかが、参加者があなたを評価するポイントになります。
- 話題提供には、科学的知識の内容だけでなく、研究者としてのあなたの生活や、研究上の苦労話、経歴と科学との出会い、姿勢、科学に対する見方なども盛り込むとよいでしょう。
- 議論の際には、互いに相手を尊敬することが重要です。相手の言いたいことによく耳を傾け、よく考え、誠実に自分の見解を述べましょう。
- ときには、「そんな研究は何の役にも立たないんじゃないか」とか「よけいなものを開発しなくてよい」といった辛口の意見が出てきます。むっとすることもあるでしょうが、可能な限り反対意見に受容的であるべきです。むしろ、自分の研究の社会的意義について考え直す機会を与えてくれている、と考えましょう。
- あなたと同じ分野の研究者や大学院生をいっしょに連れて行くと、議論の時間にテーブルごとに話の輪が分かれてしまったようなときなど、その人たちが分担して疑問に答えてくれます。
2.3 運営側に回る
サイエンスカフェに参加してみてどうだったでしょうか。気に入ったなら、そしてそのカフェがあなたの生活圏内で開かれているならば、運営の手伝いをしたいと申し出てみるのも一つの手でしょう。サイエンスカフェで最も必要とされているのは、あなたの人脈です。おもしろい話をしてくれる、というよりそもそもサイエンスカフェなる場所にわざわざ来てくれる研究者はそれほど多くはありません。あなたの人的ネットワークはカフェの貴重な財産になります。きっと歓迎してくれるはずです。
2.4 自分のカフェをたちあげる
参加してみたカフェの運営方針に納得がゆかなかったり、あなたの身近に既存のカフェがなければ、あなたは自分のカフェを立ち上げることになるでしょう。実は、サイエンスカフェを立ち上げるのは、本当に簡単なことです。自然発生的で気軽で身軽なのが本来のサイエンスカフェだという考え方からすれば、「うまくやらなくてはならない」とか「発展させて行かなくてはならない」ということにはならないはずです。大学の公開講座委員になったわけではありません。ちょっと楽しんでみよう、くらいの気持ちで始めるのがカフェには最適です。
○まず、仲間を募る。サイエンスカフェは3人いれば始めることができます。あなたの同僚、学生、近所の友だちで、こういう話に乗ってくれそうな人を、まずは既存のカフェに誘いましょう。その上で、こういうのを自分もやってみたいのだけど、手伝ってくれないか、と頼んでみます。
○集まった仲間で、どんなカフェにしたいかを話し合います。
○場所を探す。ここがいちばんの頑張りどころです。候補を見つけたら簡単な資料を用意して、交渉に出かけます。
- 喫茶部つきの書店は、カフェの雰囲気がややよそ行きになるものの、書店側の理解が得られれば、ポスターの掲示、チラシの配布などさまざまな協力を得られるというメリットがあります。一方、企業体としての書店との共同運営に近い形になっていきますから、そこでの協力関係の維持にそれなりの努力が必要になるということは覚悟しておいた方がよいでしょう。
- 喫茶店や酒場の場合、営業への影響を考えねばなりません。長時間座席を占領するので、店がすいている時間帯や曜日に開催させてもらうことになるでしょう。
- すでに、音楽のライブや落語会など店内でイベントを開催してきた喫茶店や酒場にあたってみるのも手です。こうしたお店の経営者は「話の分かる」方が多いようです。
- いずれにせよ、お店とカフェの運営者との個人的な信頼関係が重要ですので、できるだけこまめにそのお店をふだんから利用することが大切です。
- 喫茶店や酒場が見つからなかったら、まずは、公民館やコミュニティーセンター、図書館など公的機関の部屋を借りてとりあえずスタートさせることも考えられます。コーヒーメーカーさえあれば、どこでもサイエンスカフェは開催できます。始めてしまえば、参加者から新しい会場を提案してもらえるかもしれません。
○話題提供者を探して依頼する。重要なのは、あなたが考えているサイエンスカフェの趣旨を、依頼時にきちんと伝えておくことです。講演のようなものだろう、と考えて一方通行の話を延々とされてしまった、ということのないようにします。院生やポスドクくらいの若い研究者の話は、熱意が感じられるのと、参加者もざっくばらんに話しかけやすいので比較的好評です。広い層から話題提供者を選ぶとよいでしょう。何よりも、あなた自身が聞きたい話をしてくれる人を選ぶべきです。
○テーマ設定をどうするか。これに頭を悩ませることはほとんどない、と言ってよいでしょう。もちろん、そのときマスコミをにぎわせているタイムリーな話題にからめたテーマで開催する、という方針でもよいでしょう。しかし、どんな話題でも、それなりに関心を持っている市民はかならずいますし、どんな話題であれ、とにかく生の科学者と話ができることが楽しい、という市民もいます。テーマ設定が効いてくるのは、何百人も集めようとする場合だけです。
○広報する。たくさん人を集めよう、と頑張らないでもよいのが、サイエンスカフェのよいところです。チラシとそれを拡大したポスターをつくり、会場のお店に配布と掲示をお願いする、ウェブサイトをつくり、そこで広報する、くらいで十分です。入りきれないほど来てもらっても困ります。マスコミに取材してもらいたかったら、プレスリリースを送付します。
3 対話を生み出す工夫
サイエンスカフェのねらいは、科学者と市民の双方向的で対等な対話のための場を提供することです。どのようにしたら自然な対話が生まれるでしょうか。最も大きな要因は参加者の人数でしょう。100名以上の参加者がいる会場で、手を挙げて自分の意見を堂々と言える人はそういません。しかし、20名程度の場合、対話が成立せずに参加者がみんな押し黙ってしまったままになる、ということはほとんど起こりません。それでもちょっとした工夫で対話を促進することはできます。
- 話題提供のあと、休憩時間を入れます。話題提供が終わってすぐに「質問は?」と言われても、まだ頭の整理ができていません。休憩時間を入れ、その時間にコーヒーのお代わりなどをしてもらっている間に、自然に参加者同士の会話がはじまり、疑問点や言いたいことがはっきりしてきます。
- 司会者を置くかどうか、司会者がどれくらいのことをするかは、それぞれのカフェの方針次第です。自発的な議論を重視するなら、司会者は議論の流れにはほとんど介入しないという方針になるでしょう。サイエンスカフェは議論の末、何か合意に達することを目的としたものではありませんから、話題があちこちに飛んで、多少散漫になっても構わないと考えられます。ただ、「じゃ、これから議論しましょう」とカフェの再開を伝える際に、「まず、…という点についてご意見やご質問のある方はいますか?」くらいの方向づけはしてもよいかもしれません。
- むしろ話題提供の間も質問大歓迎!と宣言してしまう手もあります。そうは言っても、話の途中にはなかなか質問が出るものではないので、あなたが積極的に「いまのどういう意味ですか」「それって、こういうことですか」という具合に、話に割って入って1−2の質問をします。これで他の参加者も質問する雰囲気になります。こうなると、どこまでが話題提供で、どこからが議論かわからなくなりますが、それこそカフェの本来の姿だと割り切ってください。
- 休憩時間の間に質問カードを書いてもらう、というカフェもあります。
- 対等の関係であることをはっきりさせるために、話題提供者を「先生」づけで呼ばない、というルールをもうけているカフェもあります。
- あらかじめ、チラシに「当日はしかじかの問題について議論しましょう。あなたの考えを用意してきてください」という具合に「宿題」を出すというやりかたもあります。
- あなたが運営する側にいるからといって、自分の役割を司会や裏方に限定する必要はありません。カフェでは、あなたも一市民かつ科学者として、その場にいるのですから、あなた自身が議論に加わるべきです。むしろ、参加者から発言が出にくいときは、あなたが率先して質問や議論の口火を切ってしまえばよいでしょう。他の参加者はあとからついてきます。
- ようするに、あなた自身が議論を楽しむことが何よりも重要です。
むしろ、カフェでは対話をどう活性化させるかより、いつカフェを終わらせるかの方が難しいように思われます。議論が盛り上がってきたところで唐突に打ち切るのはしのびないのですが、さりとて、お店のことを考えたらいつまでも続けるわけにもいきません。一つの解決法は次のものです。
- あらかじめ、話題提供者に終了後も残って議論につきあってもらうことを頼んでおきます。
- チラシやポスターに書かれている終了時間が来たら、「残念ですが、今日のカフェはここまでです。とりあえずお開きにします。まだ議論したい方は、もう一杯お店に注文して、普通のお客として残って議論しましょう。○○さんも、もちろんつきあって頂けます。」と宣言して、いったん解散する。
- 残った参加者で、議論を続ける。お店の都合により、二軒目に移動してもよい。
4 カフェの活動を続けていく
サイエンスカフェを持続させるコツは「頑張らない」こと
- 定期的開催にはせず、やりたくなったときにやる
- 参加者をむやみに増やそうとしない
- 議論を無理に盛り上げようとしない
- できばえを評価しない(飲み屋での会話を「今日の会話はうまくいった」と評価したりしますか?)
- あまり発展させようとしない
市民とともにカフェを運営する
不思議なことに、このようにいかにも楽して楽しんでやっていると、常連さんが増えてきます。いつも残って議論してくれる人が現れます。そうしたら、その人たちに声をかけて、運営を手伝ってもらいましょう。こうして、多様なバックグラウンドをもった人々を運営に巻き込んでいくことができます。そうすると、チラシをデザインしてくれる人、ウェブサイトを更新してくれる人も現れるでしょう。
このようにして、科学者と市民が一緒に運営するサイエンスカフェに近づいていきます。市民社会の中に、科学を根づかせ、科学について語り合うことを日常的光景にしていく、という遠大な目的のためには、市民と科学者の共同運営は重要なステップだと思われます。
カフェ同士の交流と情報収集
日本科学未来館を会場に毎年開催されている「サイエンス・アゴラ」では、全国のサイエンスカフェが実践をポスター発表し交流を深めるコーナーが企画されます。さまざまな工夫がなされた個性的なカフェがあることがわかるでしょう。あなたのカフェの運営に役立つ情報を仕入れることができます。
また、「科学技術コミュニケーター」と呼ばれる科学コミュニケーションの専門家も徐々に養成されてきました。こうした人々からアドバイスを受けることもできるでしょう。