名古屋大学 高等教育研究センター

GuestEssay 米国の教育経済学者からみた
日本の国立大学の財政問題
ダレル・ルイス 高等教育研究センター客員教授(ミネソタ大学教授)

 日本は現在、平均寿命や識字率、所得水準などの点で、世界でもっとも裕福な国の一つであると認識されている。これらの水準はドイツ、フランス、イギリス、アメリカ合衆国など、他の先進国よりも軒並み高く、ゆえに日本は高等教育を適切に運営するだけの財政能力があるとみなされている。しかし現実には、公的財源についても、民間資金についても、楽観視できる状況にはない。

公的財源の問題点

 日本の高等教育の財政指標は貧弱であり、文部省でさえ「高等教育に対する公的支出は欧米諸国に比べて低いレベルにとどまっている」と認めている。要するに、日本は他の先進国と同レベルの公的資金を高等教育に配分しておらず、この差は大きくかつ決定的である。日本政府および地方自治体の高等教育支出は、GNPの1%以下(0.6~0.9%)である。GNPの規模に違いはあるものの、他の先進国の数字をみると、おおよそ1.4%(アメリカ)から 2%以上(ドイツ)の間となっている。また、高等教育財政の逼迫度を示す主な指標として、学生/教員比率が挙げられる。日本では教員1人に対し学生22人であるが、多くの先進国では日本より低くなっている。OECD諸国やアメリカでは教員一人あたり学生14~15人にとどまっている。

 高等教育への予算配分が低いことにはいくつかの要因がある。大学院学生数が少ないこと、日本政府の社会人学生に対する関心が低いことなどが主な要因である。さらに、日本政府は国民すべてが読み書きできるようになることを優先しているため、予算面でも初等教育や中等教育が優先されている。日本の教育支出を教育段階別にみると、高等教育に配分されているのは全教育支出のうち13.5%にすぎず、他の先進国と比較すると非常に低い。ちなみに、ドイツで 21.8%、フランスで16.5%、イギリスで23%、アメリカ合衆国では23.3%となっている。これらのデータは私学を含む全ての高等教育に対する教育支出であることを考えれば、この国の高等教育に対する公的なサポートがいかに貧弱であるかを理解できよう。日本では、多くの私学教育機関のおかげで、多額の政府予算が節約されていることも、また事実である。

 日本で高等教育に対する公的支出がそれほど重視されていないのは、そのほとんどが文部省によって一元的に行われていることにも関係がある。全教育段階の優先順位づけと予算配分が単一の省庁によって行われている状況は、高等教育のプラニングや予算配分にとって最適だとは思えない。また、日本の社会や政治システムが、高等教育への投資を伝統的に重視してこなかったことも大きな問題である。

民間資金の確保

 アメリカの一流の研究大学(公立、私立とも)には、大学全体の組織改革、および民間セクターからの資金調達を目的とした常勤スタッフがいる。多くの場合、彼らのいる計画・開発オフィスの責任者は、学長に直接報告できる立場にある副学長である。これらの大学の予算の大部分は民間資金によって賄われている。それらは、(a)授業料、(b)医療や農業分野など社会サービス活動の収益、(c)外部からの補助金や受託資金(州や中央政府が大きな割合を占める)、(d)個人や企業からの寄付金、(e)基本財産、などの種類がある。大学本部が授業料を設定し、各教員が補助金や受託資金の調査・獲得を行うのに対し、寄付金と基本財産の運用は計画・開発オフィスが担当している。

 私の在籍するミネソタ大学では、年間予算のほぼ3分の1が州財政からの支出であり、残りの3分の2は民間資金である。州立大学であるミネソタ大学が 1999年度に1億3500万ドルの寄付金を民間から集めており、かつ毎年この水準を維持していることは注目に値する。このことは学長、13人の学部長、多くの学科長、そして各部局や本部に配置されている20人以上の資金調達専門スタッフの努力の賜物である。このような寄付の多くは、税制上の優遇措置を受けている。日本も大学への寄付を奨励するために、こうした施策をとることはできないのだろうか。

 高等教育改革に関する日本政府の報告書を読むと、その多くは、現在の限られた能力の中で大学が産業界と協力し、これに貢献することの必要性を説いている。しかし税の適切な優遇措置なしに、民間セクターが自発的に大学と連携するとは思えない。民間セクターと連携するためには、個々の大学がイニシアティブを発揮すると同時に、日本政府が適切な税制改革を行う必要がある。

 日本でも、企業をはじめ、民間からの寄付を受け入れる傾向が高まっていることは事実である。多くの大学が寄付講座・研究センターを設立し、寄付金でスタッフや研究費をまかなうようになってきた。しかしながら量的にみれば、1997年までに33の国立大学において75の寄付講座が設立されたに過ぎない。

寄付金に税制上の優遇措置を

 ここで、人口1億2000万人の日本の高等教育と、人口500万人のミネソタ州にある唯一の州立研究大学であるミネソタ大学を比較してみよう。ミネソタ大学には現在、254の寄付講座がある。ミネソタ大学は1999年に7億ドルを超す寄付金を集めており、全米にある他の40の一流研究大学もほぼ同様の状況である。私立大学ではこの金額がより大きく、寄付金が最大の財源となっている(ハーバード大学が獲得する寄付金は、年間150億ドルを超える)。

 一方、日本の国立大学は民間から補助金や寄付金を集めることに関して、政府の税制や大蔵省の方針に縛られている。日本の主要企業は莫大な資金をアメリカやイギリスの大学に寄付しているにもかかわらず、自分の国では硬直的な税制度によって同じような行動ができないのである。その結果、多額の資金が海外に流出してしまい、大学組織の柔軟性が失われ、発展の機会を逃している。アメリカ合衆国の一流研究大学は、公立・私立ともに制度的に自由度が大きく、研究、教育、その他の活動、組織の発展のために外部から資金を集めるインセンティブを有している。日本でも民間セクターが主要なプロジェクトを支援してはいるが、寄付を制度化し、大学のプロジェクトをバックアップするような税制上の優遇措置はとられていない。元文部大臣である有馬明人氏も、日本の税制を改正し、民間企業の大学への寄付を奨励することを提案している。現在の日本の大学人の不幸は、雑用に振り回され、純然たる基礎研究しかできず、企業との共同研究を行う余裕がないことである。

インフラ改善に民間資金を

 日本の国立大学のインフラ改善に関する最大の問題は、その必要性を政府が無視し続けてきた点である。近年、大学職員だけでなく産業界やその他の分野からも、国立大学の施設の老朽化について指摘されている。この問題は国会で議論されており、マスコミもしばしば取り上げている。最近の日本の学生に対する調査では、特に国立大学の施設・設備に対する不満の大きさが明らかになった。とりわけ、大学院生にとっては研究や実習上の必要から、インフラの改善は緊急の問題である。外国の大学院生や外国人客員教授も、日本の研究施設や設備の老朽化に気づいている。

 この主な原因は、建物が老朽化しているにもかかわらず、過去15年にわたって文部省の施設経費が新設大学のみに配分されていることである。その他の要因として、1980年代はじめから日本政府が深刻な財政危機に直面していること、1960年代の高等教育拡大期に作られた建物がちょうど建て替え時期を迎えていること、などがある。いずれにしても、老朽化した施設では最新の教育・研究ニーズに対応できなくなっている。

 こうした状況において、国立大学の施設改善を進めるためには、民間資金とのコストシェアリング(経費共有)は不可欠である。この手法はアメリカやイギリスの大学で既に実施されており、大学の建物には寄付者として企業や個人の名前が記されている。最後にもう一度繰り返すが、日本が高等教育発展のための適切な税制改正をしていないことは、非常に残念であり、近い将来に改善されることを期待してやまない。

(翻訳・編集:近田政博)