山田 弘明(高等教育研究センター長)
古代ギリシアの画家アペレースは、自分の描いた絵の後ろに隠れて人の率直な批評を聴くなどして修行を積み、のちにアレクサンドロス大王に召し抱えられて大成したという。われらが「ティップス先生」は隠れもなく公開のウエッブ上にあるが、多くの人の意見を聴いて成長しようとしている点では、2300年前の画家と変わらない。
2000年3月、名古屋大学高等教育研究センターはティーチング・ティップス『成長するティップス先生 Ver 1.0』を世に送った。これは当時の馬越徹センター長の肝煎りによる、スタッフ一同総力をあげての作であった。いかに知恵をしぼったかは、関連サイトを見ていただいてもお分かりいただけるであろう。しかし何分にも初めての試みであり、さながら稚鮎を大河に放つにも似た気持ちで、無事に大きく育ってくれるだろうかと心配する向きもあったろう。そんな中で、2001年4月には書籍版『成長するティップス先生―授業デザインのための秘訣集』〔玉川大学出版部〕が出版された。
蓋を開けてみれば、われわれの心配は杞憂であった。ウエッブ版、書籍版のどちらも幸いにして好評であり、相乗効果があったと思われる。とくにマスコミに取り上げられたことが大きい。開発の主幹である池田教授の論文が日経新聞(7月7日)に掲載され、おかげで7月のアクセスは10万件(!)を超えた。またNHKの番組「教育トゥデイ」でも、われわれの取り組みが放映された(9月13日放送)。以後、多くの大学から講演依頼が殺到し、うれしい悲鳴をあげているのが現状である。逆に言えば、どの大学も今や教養教育や専門教育の改善に苦慮しており、そのノウハウを本当に必要としているとの感を強くする。
さて、ティップス先生は「成長する」するのがその属性である。センターのスタッフは、これに驕ることなく旧版を見直し、改訂する地道な努力をしてきた。このたび1.0版をさらに充実させた1.1版を完成した。主な修正点としては、「授業の基本」の10章の追加、「授業日誌」のイラ
ストの挿入、新規コラムの追加、「みんなの広場」の学外への公開、全体のデザインの修正などが挙げられる。改訂作業に携わったスタッフは次の方々である。中井俊樹(センター講師)、中島英博(経済学研究科大学院生)、高木裕宜(国際開発研究科大学院研究生)、首藤貴子(センターアシスタントスタッフ)、青柳裕子(センターアシスタントスタッフ)。記してその労を謝する次第である。
「ティップス先生」は、これからもさらなる成長を遂げることになろう。各方面からの忌憚なきご批判とご支援をお願いしたい。われわれのこうした努力は何のためかと、ふと思うことがある。それは何よりも名古屋大学の教育改善のためであるが、大きく言えば日本や世界の高等教育のためでもある。アペレースの夢はヘレニズム世界にとどまったが、ウエッブによるわれわれの試みは一瞬にして全地球を駆け巡っている。