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6:学生を授業に巻き込む
質問なんて怖くない
質問や発言はあなたの授業の流れを中断する異物ではありません。まず、質問や発言を次のように捉えなおしてみましょう。1)それらは学生の授業へのコミットメントを深めるよいチャンスである。2)それらは授業を活性化させるために無くてはならない貴重なフィードバックである。そうすると、適切な仕方で学生に質問や発言の機会を与えることは、教師の責任だということになります。
さて、教師が学生に対して行う最もナンセンスな質問は「何か質問は?」あるいは「何か意見は?」というものです。ここでは、学生に質問・発言を促し、授業に活用するいくつかの方法を紹介しましょう。
もっとも重要なことは、質問や発言をするということは授業に参加し、それゆえに授業に貢献することなのだという意識を学生にもたせることです。たとえば100人も受講者のいるクラスで講義の流れをさえぎって、手を上げて質問をするということが、平均的な学生にとっていかに勇気を必要とすることであるかを考えてみてください。こうした心理的障壁を乗り越えて質問を行った学生に対しては、まずその行為自体を高く評価するべきです。
(1) まずは「いい質問だね」あるいは、「うん、いまそのことについて補足しようと思っていたんだ、よく先回りして考えついたね」と誉めることをわすれずに。
(2) 質問にすぐに答えてしまわない。質問は、教師と学生がコミュニケーションをはじめるまたとないよいきっかけです。それを、簡単に答えてしまって終わりにしてしまうのはもったいないことです。たとえば…
- 学生の質問について逆に質問をする。「君が疑問に思ったのは…ということかな?」あるいは「なるほど、じゃあ、このケースだったらどう思う?」
- 学生の質問を他の学生に振り向ける。「なるほど、いまの○○君の疑問はもっともだね。だれかこれについて考えがある人はいるかな?」、「…の経験のある人だったら、いまの疑問に答えられるかもしれないね、だれか…をしたことのある人はいない?」
(3) 学生に発言をさらに展開させる。「いまの○○くんの意見はかなりユニークだね。留学生の意見も聞いてみたいね。」あるいは、「それはおもしろい着眼点だね。どうだろう、来週の授業で5分あげるから、そのことについてちょっと発表してくれない?」
(4) 的外れな質問、明らかに間違った意見もうまく活用する。重要なのは、的外れだということ、間違っているということじたいを曖昧にしてはいけないということです。その上で同時に、「君の考えは…という点では事実に反するのだけれど、かりに…だったらおもしろい見解だ」、あるいは「どうしてそう思ったのかな?」と質問し、「なるほど、そういう前提からは確かに君の言ったことは出てくるね。じゃ、その前提がこの場合成り立つかどうか考えてみよう」という具合に、自分の質問や発言は、授業の邪魔になったのではなく、役に立ったのだと思わせるような対応をとることが必要です。
(5) 学生に授業の一部をまとめさせる。たとえば、ある問題の解き方を説明したとしましょう。次に、同じ解き方で解けるより簡単な問題を与え、「○○くん。この問題を前に出て解きながら、この解法のポイントについて、もういちどみんなにまとめてあげてくれないかな?」という具合に、授業のポイントを学生にまとめさせてみましょう。これは同時に学生の理解度を知る機会にもなります。
(6) 授業中に発言・質問することをしりごみする学生でも、教師と何らかのコンタクトをとりたいと考えている学生はたくさんいます。講義がおわった後もしばらく教室に残りましょう。そうすると、質問をしたり雑談をしに集まってくる学生は必ずいます。
学生からのフィードバックを促すその他の方法
授業中の質問・発言は、学生から教師への最も一般的なフィードバックの経路ですが、それ以外の経路を利用して、学生の授業への参加度を高め、彼らのアイディアを授業に活かすこともできます。
(1) Reaction paper、One-Minute Paper、質問カードの利用
これらは通常、授業時間中に(場合によっては宿題の形にして)学生に書いてもらう、授業についての短いコメントです。カードのサイズからA4くらいまでの大きさの用紙1枚を使用します。書かせる内容は、その日の授業についての感想、疑問、批判、或いは教師が与えた小さな質問に対する回答などです。授業アンケートを兼ねた使い方をする人もいます。
こうしたコメントを学生に書いてもらっている場合、その結果を授業に活かすことを考えましょう。ときどきすぐれた着想、痛烈な批判などを書く学生がいます。その場合、必ず次回の授業で、「○○さんによると、…だそうです。」とか「このことについては、△△さんがこんなアイディアを寄せてくれました」という具合に、こうしたすぐれたアイディアを授業の中で紹介していくべきです。さらに、そうした学生に事前に連絡をとり、講義時間に短い発表をさせてもよいですし、OHPなどを利用して、学生のコメントそのものを紹介しながら授業を進めることも考えられます。
(2) 学生の成果を共有する
学生のできのよいレポート、課題への答案をコピーして配布、HPにアップロードするなどして他の学生にも紹介します。
(3) ほかの学生がなにをやっているのかを知らせる
たとえば、テーマを自由に設定して学期末論文を書くというような課題を与えた場合、クラスの学生たちがどのようなテーマを選んだかのリストを明らかにするなどして、自分のテーマを反省して改善する手がかりにさせることができます。
小人数のセミナーで学生に議論をさせようと試みて、だれも何も言わない、という地獄のような状況に陥った経験のある人も多いでしょう。確かに、日本人学生がディスカッション下手であるということには、様々な文化的・歴史的要因もあり、なかなか一筋縄ではいかないようです。
しかし、多くの場合、ディスカッションがうまくいかない原因は教師の準備不足にあり、これは私たちのちょっとした意識の転換で何とかなる部分です。日本人の特殊性のせいにしてあきらめるまえに少しトライしてみましょう。
ディスカッションの試みが悲惨な結果に終わる典型的なシナリオは次のようなものです。
(学生の発表が終わった後で)
教師:「はい、○○くん、どうもありがとう。それじゃ、今の発表について自由に議論しましょう。何でもいいですから、だれか意見を出してください。」
しーん。クラスは沈黙する。
教師:「何もないですか? 無いってことはないでしょう。それじゃ××くん。どう思いますか?」
哀れな××くん、石になる。
教師(苛立ちを隠せず):「何もないの? 何かあるでしょう。いいからいってごらん。」
××くん、依然として石のまま。見かねて△△さんが挙手。
教師(ほっとして):「はい、△△さん。」
△△さん(おずおずと):「……(思いっきりハズした意見)……」
教師キレる。
この先生の問題点は3つあります。
- 授業でディスカッションを行うねらいを明確にしていない。きちんと準備せず漫然とディスカッションをはじめてしまった。
- ディスカッションの口火を切る問いかけがあまりにも曖昧すぎる。
- 学生の反応にまかせっきりで、ディスカッションをリードしようとしていない。
逆にこの3点が効果的にディスカッションを行うために注意すべきことがらだと言えます。以下ではディスカッションをリードする際に注意すべきことがらを次の6つのポイントに分けて解説してきます。
- 事前の準備
- 口火の切り方
- ディスカッションの活性化
- ディスカッションの軌道修正
- 締めくくり方
- 大人数の授業でのディスカッション
ディスカッションをさせるには事前の準備が重要だ
何でもよいからとにかくディスカッションをさせればよい、というものではありません。ディスカッションは、ある一定の教育内容を、学生自身が考えることを通じて深く理解させるためのひとつの方法として位置づけられます。つまり、あくまでも重要なのはその教育内容です。まず、コースの教育目標に照らして、どこで、どのようなことがらを教えるのにディスカッションが有効になるのかをよく考えてください。ディスカッションが有効なのは次のような場合だとされています。
(1) 対立する複数の仮説について、それを支持するにはそれぞれどのような議論と証拠が必要になるかを、学生が自分で見出していくための補助手段として用いる場合。
(2) 講義や課題を通じて学んだ一般的原理を学生自身が個別事例に適用する機会を与えるために用いる場合。
(3) 与えられた資料、講義、課題から、問題点や新しい問いを学生が自力で発見し、それを定式化する訓練として用いる場合。
(4) 学生が講義、課題などを正しく理解できているかを確認する手段として用いる場合。
いずれの目的でディスカッションを行うにせよ、それぞれ議論を通じた学習を可能にする事前の準備が大切だということがわかるでしょう。次の点に気をつけて準備を進めましょう。
(1) 今回のディスカッションはどのようなねらいで行い、どれがコース全体あるいはその日の授業の全体の中でどのように位置づけられるのかを学生に説明する。
(2) 議論する問題は明確に定式化する。「……についてどう思うか」というような漫然とした問いかけではなく、「××について……という見解があるが、その見解は正しいだろうか」、あるいは「××の原理によれば、この場合……ということになるはずだが、そうならないのはなぜか」というように限定され、明確化された問題をディスカッションのテーマとして用意しておきます。
(3) テーマとして選んだ問題に関連しそうな問題をあらかじめ構造化し、問いの連鎖を用意しておく。たとえば、主問題が「ライト兄弟はなぜ飛行機を発明できたのか」というものだとしましょう。この問題を考えていくときには、「彼らのライヴァルはどの程度飛行機の発明に近づいていたのか」、「主問題を解くためにライト兄弟とライヴァルたちの研究のどのような側面に注目すればよいか」、「両陣営は飛行機を既存のどのような乗り物になぞらえていたか」、などなどの問いが派生してくるでしょう。こうした問いをあらかじめ考え、適切な個所で議論をリードするために使えるよう、構造化しておきます。
(4) 学生が考えるための材料を用意しておく。上に上げたような問いを考えるには、たくさんのデータが必要です。あらかじめ資料として配布するにしても、ディスカッションの場で提示するにしても、学生が考えるための材料をあらかじめ用意し、それをどのように提供するかを考えておきます。
(5) 提示された問いに対し、学生が到達しそうな複数の解答をあらかじめ考えておく。そして、学生にそうした複数の選択肢に白黒をつけさせるには、さらにどのようなデータと問いかけが必要になるかを考え、用意しておきましょう。
もちろん、教師の思惑通りにディスカッションが進むということはありませんし、あまりに教師が自分のプラン通りに議論を進めたいということにこだわると、学生はコントロールされているという気持ちを強く持ってしまいます。ときには、教師の思惑とは異なる仕方で議論が進み、そのほうが実り豊かであることもあるでしょう。しかし、あまりに議論が本筋からそれてしまったり、沈黙が続いてしまうことを避けるためには、教師があらかじめ以上のようなゆるやかなディスカッションの見取り図を描いておくことは重要です。
ディスカッションのはじめ方
授業の中で自然発生的にディスカッションが始まる、というのは理想的ですが、そんなことはめったにありません。どうしても教師がディスカッションの口火を切ることになります。この議論のきっかけを英語ではdiscussion openerと言うようです。discussion openerはもちろん、教師の行う効果的な問いかけなのですが、ここで注意すべきことがあります。
(1) 学生も準備が必要だ
どんなによい質問でも、いきなり問われたなら、学生は戸惑うばかりです。学生側でもディスカッションには準備が必要です。あらかじめ、読書課題を与えておく、ヴィデオを見る、実験や実演を見る、などクラス全員が共有する素材を与えた上で、「ところで、今見たヴィデオで……だったけれど、それはどうしてだろう?」と問いを投げかけます。あるいは、「次回のセミナーでは……という問題について議論するから、しかじかのホームページ(新聞、雑誌、コースパケット中の論文などなど)を見ておくように」という具合に問いを前もって与えておくこともできます。
(2) discussion openerとして効果的な問いの条件
・大きすぎる漠然としたものはすでに述べた理由で不適切です
・読書課題、実演内容、など学生に与えた素材に関連する具体的な問いでなくてはなりません
・ただひとつの簡単な答えのある問いはdiscussion openerとしては不適切です。2〜3の対立する回答を生み出すような問いは、その後にさらにディスカッションを続けるために効果的です。
ディスカッションを支え活性化させるコツ
(1) 教室の環境に配慮する。椅子や机の向きはディスカッションに適しているでしょうか。学生同士がお互いの顔を見ることができるでしょうか。
(2) 互いに名前で呼び合って議論しよう。
(3) 考える時間と材料をたっぷり与えよう。問いを発したらすぐに手が挙がったりしたら、「もうちょっと待って」と言おう。
(4) 学生は教師に向かって話すのではなく、他の学生に対して話しかけるのだということを徹底しよう
(5) 学生は教師の反応が気になるもの。発言を促すように、うなずいたり、微笑んだり、軽い補足をする、といったサインを送ろう。
(6) 教師はディスカッションの参加者ではなく、それを導く役割だということを忘れずに。黒板を使って議論をまとめる書記役を演じるのもよいでしょう。
ディスカッションを軌道修正するコツ
かりに、学生同士の議論が活発に行われていても、それが間違った前提に基づいて進んでいたり、同じことの繰り返しになっていたり、非本質的な話題にそれてしまったりしたら、教師が上手に介入して議論を軌道修正しなければなりません。
この際に気をつけることは、参加学生のやる気をそがないように配慮するということです。議論をおかしくしてしまった責任のある学生を槍玉に挙げて、「君の言っていることはどうでもよいことだ」などと指摘するのはまずいやり方です。次のように、ポジティブな言い方で誤りに気づかせることが重要です。
「きみのこの着眼はするどいんだけど、……という意見の方はどうだろう?違うんじゃないだろうか」、「君の言っていることは、もし……だったなら正しかったろう。だけど、」、「君の言いたいことは、こういうふうに言ったら誤解を招きにくいんじゃない?、つまり……」
よいタイミングで適切な問いを投げかけることによっても、議論を軌道修正することができます。
最悪の場合、まったく発言が生じなくなり、議論が死んでしまうこともあります。これはすべての参加者にとって居心地の悪い状況です。このとき、ディスカッションを再生するには、
1) 素材として与えた論文や資料のしかるべき個所を学生に朗読させる。
2) 簡単に答えられる質問を発してそれをきっかけにする。単純な事実の確認でもよいし、「正解」を言わなくてもよいという点で気軽な問題、「もし、君がしかじかの状況におかれたらどうする?」、「もし、明治維新が起こらずに鎖国が続いていたらどうなっていたと思う?」というような仮定に基づく質問などが役に立つでしょう。
ディスカッションをいかに終わるか
ディスカッションをどのように締めくくるかはとても大切です。時間切れでなんとなく終わった、ということだけは避けなくてはなりません。議論することを通じて、何かが少しでも明らかになった、考えた甲斐があったという気持ちになることが重要だからです。教師がまとめをしてもよいですが、学生の誰かを指名して今日のディスカッションの結論を述べさせることもよいでしょう。また、リアクション・ペーパーに、ディスカッションの要約(どんな問題について論じ、どのような結論に達したか、どんな異論があったか、残った問題は何かなど)を書かせて提出を求めてもよいでしょう。重要なのは、やりっぱなしにしないことです。
大人数の授業の中でディスカッションを実現する方法
大教室での授業は、セミナーに比べ学生の主体的活動の程度は低くなりがちです。しかし、以下のようなさまざまな工夫により、大教室でも学生が「ただ聞くだけ」という受動的な態度に終始するのを防ぎ、ディスカッションらしきものを行うことができます。
(1)バズ・グループ(Buzz-Group)
ディスカッションは大人数の講義では実施しづらいものです。しかし、講義の一部を利用してディスカッション風のものを実現する方法もいくつかあります。バズ・グループ(Buzz-Group)はその代表的なものです。クラスをいくつかの小さなグループに分けます(通常、同じ机に着席している3-4人)。そして小さな課題をクラス全体に与えて、ごく短時間話し合わせて、その結果を報告してもらうというものです。たとえば、講義で紹介した原理の事例、ないしは反例、概念の適用例、小問の解答、可能な仮説などを相談して考えてもらう、といった課題が普通です。
(2)フィッシュ・ボウル(fishbowl)
これも大人数の講義でディスカッションを実現するための方法です。授業に参加している学生のうち5-10名くらいを指名してディスカッションをしてもらい、残りの学生は聞き役に回るというものです。にぎやかにディスカッションしている学生を遠巻きにほかの学生たちが眺めている様子が金魚鉢を連想させるところからついた名前でしょう。
ディスカッション以外に、講義やセミナーの中で学生のアクティヴィティを高める方法を紹介しましょう。
ロール・プレイングとシミュレーション
ビジネス、国際関係などの教育では、学生にそれぞれ対立する個人、企業、政府などの役割を割り振ってロールプレイをさせることで戦略的思考を身につけさせる方法が開発されてきました。模擬裁判などもこれに含めることができるでしょう。こうした方法はさらに他の分野へも拡張していくことができます。たとえば、あらかじめ与えてある論文の著者になったつもりで、それを批判から擁護する、資金援助を申請している研究者と財団の代表の役割を与え、その研究の意義や問題点などを議論させるなどなど。分野に応じたおもしろいロール・プレイングができそうです。
その際に重要なのは、1)目的を明確にすること、2)準備をしっかり行う、3)観察者にまわる学生に対しても何らかの活動を課す、ということです。あらかじめ、学生に必要な資料と課題を与えておき、全員に準備をさせておき、いきなりその場でやってみろ、ということのないようにします。またあらかじめ全員が準備をしていれば、観察者側に回った学生も、ロールプレイの出来に対して適切な批評が可能になります。
グループによるプロジェクト
コースの中で学生に4-5人のグループをつくらせ、フィールドワーク、HPやプログラムなどの製作・発表・共同学習などの作業をさせます。一人では負担に感じられるような課題でも、仲間がいるという安心感から積極的に取り組めるようになります。重要なのは、授業中の口頭発表でも、報告書の作成でも、とにかく何らかの形で成果の報告をもとめることです。また、このような形式の学習でつねに問題となるのは、free-rider(ただ乗りする人)にいかに対処するかです。グループのすべてのメンバーが何らかの仕方でプロジェクトに貢献できるように、役割分担を明確化する必要があります。
学生同士の批評
ある学生の提出したレポート、課題をほかの学生に読ませて、論評するレポートを書かせたり、報告をさせます。仲間内の評価にさらされるということは、学生たちにとってよい緊張を与えます。
論集を学生たちに発行させる
基礎セミナーのような小人数セミナーの場合、学期の最後に学生自身に論文集や報告集を編集・発行させてみましょう。学生は他の学生がどのようなことを考え、書いたのかを知る機会は意外に少ないものです。
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