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9:自己診断から授業改善へ
コースをデザインし、授業を行うスキルを高めることは、専門分野での研究能力を磨くことと同様に、教師の「商品価値」を高めることにつながります。そして、自分の教育能力を磨くことは、特別の才能や努力を必要とするものではありません。われわれは、毎日授業を行っているのですから、授業・コース改善のためのデータはその気になりさえすればいくらでも手に入るわけです。あとは、そのデータをうまく収集し、分析し、考察を加え、新しいやり方を考え、それを試してみる…。あれま。これはふだん研究でわれわれがやっていることじゃないですか。というわけで、ここでは、教育スキルの向上のために考慮すべき項目を整理しておきましょう。あとは、一人一人がそれを実行するだけです。
自分の授業をチェックすることが次回の改善に大いに役立つということは、一回一回の授業についても、また一学期間を通じて行われるコース全体についてもあてはまります。そこで、まず一回一回の授業のチェックとそこから学ぶべきことがらについてまとめておきましょう。
学生の理解度をつねにチェックする
学生が自分のコースをどれくらい理解してくれているかは、教師が学生について知るべき最も重要な情報のひとつです。コースを通じて常に学生の理解度をチェックすることを心がけましょう。さもないと、学期末のテスト結果を見てはじめて、第2回目の授業で導入した概念をずっと誤解し、その結果コースの内容全体を系統的に誤解していた学生が続出、ということにもなりかねません。そこで、コースの途中で学生の理解度をチェックするための方法をまとめておきます。
- 授業中に、学生にとってつまづきやすいと思われる個所にさしかかったら、学生を指名して教師が述べたことを自分の言葉で言いなおさせる。これは、定義した概念を再度説明させその適用例を指摘させる、紹介した理論の反例をあげさせる、などいろいろ応用ができます。
- 授業の終わりに質問カード、reaction paper、One-Minute paperなどを提出させ、授業のポイント、疑問、質問などを書いてもらう。
- 授業の最後の5分ないし、10分を理解度の確認のための時間として位置づける。この時間の中で、「今日の授業で新しく学んだことをまとめてごらん」という具合に学生に質問したり、逆に学生からの質問を受けつけます。学生はこのような時間が確保されていることで安心します。
- 指名した学生に授業の重要なポイントを含む問題を黒板で解かせる。その際に、学生2人組みを指名して1人の学生を「助言者」とするということで、かなり心理的な圧迫感が取り除けます。
- 課題は、学生の理解度を確認することのできるような内容のものにする。
- 解答時間が10-15分程度の小テストをときどき実施する。
小テスト、質問カードの提出、課題などを最終的な成績評価に加味するかどうかは別途考えて決めればよいことですが、大事なことは、かりに成績評価に含めることにした場合でも、小テストの第一の目標は学生の成績評価ではなく、あくまでも理解度のチェックにあるということを忘れない(そして学生にもそのことをわからせる)ことです。つまり、理解度の悪い項目については、補習をしたり、課題を出したり、補助資料を配布したり、次回の授業の一部を使って再度解説したりと、何らかの手当てをしなければなりません。また、著しく理解度の低い学生に対しては、オフィスで面談するなど個別の対応も必要でしょう。
小テストが成績評価のためではなく、あくまでも理解度のチェックのためだということを強調したいのであれば、匿名のテストにすることだって可能でしょう。
アンケートをとるなら自分自身の授業改善に役立つものを
現在、多くの大学で「学生による授業評価」の名の元に大規模なアンケート調査が実施されています。しかし、たとえば「黒板の字は見やすかったですか」とコースの最終日に調査してもナンセンスでしょう。学期末でのアンケート調査については次の節で詳しく述べることにして、ここでは、コースがスタートしてあまり日を置かずに、すぐにでも改善できる点については手作りのアンケートを実施することを提案します。
アンケートの調査項目を決める上で注意すべきことは次の点です。
- アンケートをとるねらいを明確にする。ひとつのアンケートであれもこれも調べようということは所詮無理な話です。あなたが最も気になっていることに焦点を絞りましょう。
- アンケートの質問項目は具体的、かつ簡単に答えられるものにする。たとえば、「講義の質はよいですか」という質問項目は最低です。「講義の質」とは何かがあまりにも曖昧だからです。逆に、うまい質問項目を作ることによって、学生に「そうか、こういう条件を満たしているのがよい講義なのか」と理解させることができます。
- 調査項目数をなるべく少なくし、その代わりに自由に記述できる欄を設ける。たとえば板書について、「黒板の字はよく見えましたか」「黒板の字は丁寧でしたか」「板書は体系的にまとめられていましたか」「黒板を速く消しすぎることはありませんでしたか?」というような項目を立てるよりは、「板書の仕方は適切でしたか」→はい・いいえ(たくさんの「いいえ」の場合:どのようなところが不適切でしたか)と不都合に感じたところを書かせればばすむことです。
- あまり頻繁にアンケートをとらない。ひとつのコースの中で何度も何度も授業アンケートを実施することは避けるべきです。その代わりに、アンケート以外の方法で学生からの情報を得る工夫をするほうが効果的です。たとえば、reaction paperに授業についてのコメントを求める、オフィスアワーを利用して学生との面談を行う、電子メールや電子掲示板を利用する、授業後教室に残って雑談をするおりに授業の進め方を話題にする、といった方法があるでしょう。
- しかし、何よりも重要なのは、こうして学生から寄せられた改善の要求にすぐに応えるよう努力すること、すぐに改善できない点についてもすぐには実現できない旨を伝えることです。アンケートのとりっぱなしは、学生と教師の信頼関係をひどく損ないます。
学期末に学生の成績をつけて事務に提出すればコースはいっちょう上がり、と考えてはいませんか? 大切な作業がもうひとつ残っています。自分が一学期間行ってきたコース全体のでき映えを反省・評価し、来年のコースの改善につながるような資料を残しておくことです。そのための最も役に立つデータは、学生の試験成績です。
教員が試験結果から学ぶべきこと
期末試験の成績だけ(単位がとれたかとれないか)だけが気になる学生と同様に、教員も何人単位を与えるかということだけに頭を悩ます傾向があります。しかし、学期末試験の成績からは、自分のコースについて豊かな情報を得ることができます。多くの学生に特徴的な間違いが見られた場合、コースにおけるその話題に対する時間配分が足りなかった、説明がわかりにくかった、学生の知識や理解力についての想定と現実がずれていた…いろいろ考えられますが、とにかくコースの構成や授業の展開について何らかの改善が必要なことは明らかです。
このように、学期末試験の結果からは、次回に同じ話題についてコースを担当する時に、そのデザインにたいへん役立つ反省点を取り出すことができます。最低限、予想外に成績の悪かった問題、特徴的な間違いの傾向などは記録にとどめておきましょう。
今後の授業改善に役立つアンケートをとろう
学期末にすべてのコースでいっせいに実施される授業アンケート調査は、必ずしも個々の教員が自分のコースを改善する際に直接役に立つ調査項目が含まれるとは限りません(また、そうでない方が一斉調査のあり方としては望ましいでしょう。そうした一斉調査は、本来、名古屋大学のカリキュラム全体の改善のためのデータを集めるという個々のコースの改善とは異なったねらいで行われるものであるべきだからです)。
したがって、たとえばコースで新しい内容や方法を導入してみたときに、それが学生にどのように受け入れられたのかを知りたかったら、自分でアンケートをアレンジする必要があります。自由記述欄を利用して、個々の教員が設問を増やすなどの工夫ができるでしょう。
大切なことは、調査の結果を自分のコースの改善のための前向きなフィードバックとして利用するという態度です。そのためには、
- 調査結果を学生、TAや同僚に公開し、どのように改善すればよいかについてのアドバイスを求める。
- 少数の学生による辛らつで人を傷つける意図を持ったコメントにあまりくよくよしない。こうしたコメントは調査をすれば必ず含まれてきます。むしろポジティヴなコメントに注目し、あなたのコースを高く評価してくれた学生からの評価を下げずに、ネガティヴなコメントを減らしていくにはどうしたらよいかを考えることにしましょう。
ティーチング・ポートフォリオを活用しよう
ティーチング・ポートフォリオは、近年アメリカの大学で教師の教育活動の評価のために用いられるようになった方法です。教師は、自分の教育活動の成果と質を証拠立てる資料をそろえ、それを1つのファイルにまとめて、教育技能の評価を受ける、というものです。もともとはこのように教師の教育における能力を評価し査定するためのデータとして作られるものですが、これを自分の授業改善のための資料つまり、拡張された講義記録としての役割に転用することができます。
ポートフォリオのよい点は、さもなければ散逸してしまう教育活動についての資料やデータをひとつにまとめるという点にあります。残念ながら多くの教員にとって、講義はやりっぱなしというケースが多いようです。しかし、毎回の講義が終わるごとに、教科書の不出来な部分、学生がつまづいたポイント、うまくいったたとえ話、(うけたギャグ?)、特徴的な質問などを記録し、ポートフォリオに保存しておきましょう。緊急の課題であれば、次の授業時間に何らかの善後策を講じることができます。そうでなくても、こうした記録を、授業中に配ったハンドアウト、学生の最終的な成績結果などとともにファイルしておくと、次年度のコースを計画するときにとても役立ちます。
すでに述べたように、スキルを向上させるための一番のリソースは、自分自身の授業そのものにありますが、次のような方法を補助的に取り入れることによって、さらに改善のための努力を効果的なものにすることができます。
大学教授法についての本を読む
本を読んだだけで授業が飛躍的に改善する、というのはもちろん幻想にすぎませんが、教授法関連図書は、すぐに役立つさまざまなヒントの集積として、あるいは頭を整理するための枠組みとして一度は読むだけの価値があるでしょう。
クリックして「情報への窓口」を見てください。
ワークショップ・セミナー・研修に参加する
高等教育研究センターでは、高等教育の国際比較から個別分野の教授技術にいたるまで、さまざまなテーマでセミナーを開催しています。開催日時などの情報はセンターのホームページに掲載されます。ときどきチェックしてみてください。
学外にもFaculty Developmentのための研修プログラムを開催している機関があります。たとえばメディア教育開発センター(NIME)は、様々な研修プログラムを用意しています。その中にはSCSを用いて名古屋大学にいながら受講できるものもあります
名古屋大学でも教育向け研修を近々スタートさせる予定です。このページでも随時紹介をしていきます。
教育について語り合おう
しかし、どんな本や研修よりも大切なのは、同僚との会話です。同僚とは同じ学生を対象にしているために、共通の悩みがあるでしょうし、特に専門分野が共通の同僚とは、教育の内容について更につっこんだ話ができます。こうした同僚との会話を通じて、「ぼくはこんなやり方でやってみたらうまくいった」というようなヒントを得ることができます。
また、学生との雑談の中で教え方・教わり方を話題にすることもできます。とにかく、キャンパス内で、教えること・教わることがごく自然な話題になるような雰囲気になっていくことが重要でしょう。
お互いに同僚の授業を聞きに行こう
お互いの担当するクラスは密室で、そこで何が起こっているかは秘密中の秘密、お互いの授業のやり方にコメントなぞしようものなら、あたかも聖域に土足で入られたように怒り狂う、というのがちょっと前までの大学教員の平均的態度だったように思われます。こうした態度は、徐々に変化しつつあります。関心のある話題についての同僚の講義を聞きにいく、ジョイント・セミナーを開く、自分の授業にゲストとして同僚や集中講義、その他で滞在中の他大学の研究者を招く、といったことがごく普通に行われるようになってきています。こうした機会に、相手の授業の進め方をじっくりと「観察」しましょう。必ず得るものがあるはずです。さらに一歩進んで、「最近、講義のやり方で悩んでいることがあるんだけど、こんど君の授業を見せてもらってイイかな?」、あるいは「こんど新しい方法で授業をやってみようと思うんだけど、よかったら見に来てコメントしてくれない?」と言い合えるようになるとよいですね。ただその場合も、漫然と見てもらうのではなく、あらかじめどのような点に注意してみていてもらいたいのかを伝えておくことが重要です。
TAにアドバイスを求めよう
TAが参加しているコースの場合、彼らが最も適切な助言者になってくれます。なぜなら、TAは教師と学生の両方の視点に立つことのできる立場にいるからです。あらかじめ、コースの中間評価、最終評価、学生からの要望の聴取などをTAの役割の一部として「契約」しておくとよいでしょう。
自分の授業を録音・録画する
文字通り学生の視点から自分の授業をチェックすることができる点がこの方法の利点です。アメリカのいくつかの大学(スタンフォード大学など)では、教育改善のためのセンターのような学内組織が、求めに応じて録画スタッフを派遣してくれることになっています。日本ではまだそこまでは到底およびませんが、TAに頼む、或いはヴィデオに録画することはあきらめてもせめて録音してみる、というような方法ならすぐにでも可能でしょう。初めは非常に心理的抵抗が大きいですが、やってみると効果は絶大です。
学生からモニターをつのる
コースの初めに、授業の進め方についてのチェックとアドバイスをする少数の学生モニターを募っておきます。あらかじめ、特に注意してチェックしておいてもらいたい項目を伝え、コースがある程度進んだ段階で、報告してもらいます。
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