科学コミュニケーションを継承する

この段階まで到達したあなたには、科学コミュニケーションの知識・スキルや人脈が、そうとう蓄積されていることでしょう。それらをぜひ次世代に伝えていただきたいと思います。

科学コミュニケーションを継承する、とは、科学コミュニケーションの担い手を育てて、これまでの科学コミュニケーションの活動を発展させていくことです。ここでは、つぎの担い手としてあなたのような研究者を想定し、どのように育成するかを考えていきましょう。

1 科学コミュニケーションの現場を見せる

大切な活動であることを知らせる
大学や公的研究機関では、おおくの科学コミュニケーション活動がすでに行われています。そういった活動の現場に足をはこび、科学コミュニケーションに携わる人々、あなた自身、市民、プロコミュニケーターなどの姿をじかに見てもらいましょう。科学コミュニケーションが研究者にとって大切な活動であることを印象づけられれば、成功といって良いでしょう。
イベントの裏方をしてもらう
受付や会場係などのお手伝いをしてもらいながら活動の理解につなげている事例もあります。イベントのあとに開催される懇親会でも、研究者のたまごたちに温かい声をかけてくれる市民がいるものです。この機会を積極的につかって、できるだけ多くの市民と会話をできるように、しむけましょう。あなたが会話の糸口をあたえても良いでしょう。そして、科学コミュニケーションにかかわる人々の思いや経験について、じかに聞き出せるようにサポートしてみてください。
市民に育ててもらう
科学コミュニケーションの活動を担う人々を組織化する手法を前のページに述べましたが、このようなグループでは新参の研究者や市民を担い手としてうまく育ててもいます。このようなグループの活動を見にいくのもひとつの手です。
理論と実践はバランスよく
なお、科学コミュニケーションの多様性に思いをめぐらせるきっかけとなりそうな活動の場合は、あとからちょっとした解説をしてもよいかもしれません。「対話」や「協働」など、研究者ばかりの集団にいては気づきにくいコンセプトもあるからです。
ただし、「科学コミュニケーションを伝える」場であることを考えると、「科学を伝える」ときの秘訣を応用することができます。つまり、「科学コミュニケーションの知識」ばかりではなく、「科学コミュニケーションをしている研究者の姿」を見せることに意味があるのです。

2 研究室の広報活動をとおして学んでもらう

まずはあなたの監督のもとで実践を
研究室の活動の一環として、できることが多くあります。研究室の紹介ポスターをつくる、ウェブサイトにのせる解説をつくる、シニア研究者の公開講座の資料を準備する、などです。これまでの事例を見せたり、作り方の書籍・ウェブサイトといった情報を伝えたりして、何をすべきなのかイメージを持てるように手助けをしましょう。そして、対象や目的にあわせて制作できるように導いていきます。ここで大事なことは、最終チェックをあなたがすること、できあがったものについての責任をあなたがもつことです。
学術的コミュニケーションとの類似点も大切に
こういったライティングやグラフィック制作を学んだ人は、学会発表の仕方もしぜんと洗練されていくことが多いようです。学術的なコミュニケーションとの違いを強調するばかりではなく、どちらにも共通するような原則(文章は短く、全体の構造はすっきりと、など)を本人が発見でき、楽しめるような環境づくりが大切です。

3 専門家として市民に接する機会をつくる

科学コミュニケーション活動のお手伝いを重ねて、だいぶ様子が分かってきたかなと思ったら、つぎは専門家として市民のまえに立つ機会をあたえてみましょう。といっても、いきなり一人ですべてを背負うのは難しいものです。あなたが育てようとしている人は、学会などで専門家を相手に話すのですら精一杯の状況かもしれません。

一対一のコミュニケーションから試してみる
初めの一歩には、説明員、解説員をしてもらうのが手頃のようです。研究室公開や、ゲノムひろば、上野の森情報発信シリーズなどの機会を利用してみてください。事前に説明会をひらき、応対の基本を知ってもらえば、お互いに安心して当日を迎えられます。それでも答えにくい質問がきたなど困った様子が見えたら、周囲のスタッフが助けを差しのべれば良いのです。その様子から、学ぶことも多いはずです。ウェブ上で市民からの科学にまつわる質問にこたえてもらう、という試みもありました。回答のチェックをするのは楽ではありませんが、文章として残ることで、彼/彼女らの成長のようすがよく分かることでしょう。
  • 市民の視点からは学ぶことも多いものです。よくある例は、日常生活に根ざした素朴で鋭い視点です。いっぽう、科学的好奇心を共有できる場合もあります。自分では考えてもみなかったような質問でも、誰かほかの研究者がすでに取り組んでいることがあるのです。このような経験があれば、欠如モデルに陥る心配は無用になるのではないでしょうか。いずれ公開講座などの講師をつとめることになったとき、市民と自分と、どちらの知的好奇心も刺激できるような話題を提供しようと思うことでしょう。
  • 市民にたいして専門家として接することは、専門家になる、ということの意味を考えるきっかけにもなるようです。狭く深く究めようとしてきた人にしてみれば、市民の質問は専門外のことのように思えてしまうからです。ここから、社会で求められている専門家像へと踏み出していくことになります。科学的に正しいことを言おうとして、基礎的な知識や周辺の科学知識が不足していることに気づいた人もいます。専門用語に頼らずに日常の言葉で話そうとすること、市民の日常のことばを専門用語に置き換えることが、思考の訓練になったという例もあります。科学コミュニケーションの活動は、キャリア教育としても有効といえそうです。ただし、専門家として立つということは、プレッシャーも伴います。相手にあわせて、プレッシャーの度合いは加減するほうが良さそうです。
複数相手のコミュニケーションやチューター役へ
一対一での市民との対話に慣れてきたら、ミニレクチャーを担当してもらうような機会を設けてみましょう。また、後輩にあたる研究者が一対一のコミュニケーションに迷ったときなどに指導、相談にのるようなチューターの役割を担ってもらうこともできます。これまでの実践を客観的に見つめ直す機会になります。
企画運営にも巻き込む
科学コミュニケーションの運営にかかわる部分も、見せるようにしていきます。科学コミュニケーションイベントの企画をだしてもらう、デザイン会社やマスメディアとの打ち合わせに同席してもらう、プレスリリースの原稿をつくる、などです。これらをとおして、科学コミュニケーションにかかわる人的ネットワークも継承することができます。
仕上げはもちろん・・・
ともに科学コミュニケーションに携わる仲間だと思えるくらいまでになれば、トレーニングも最終段階。一緒に、またそれぞれに、活動をしてください。そしてぜひ、次の世代を育てる極意を継承してください。