戦略を練る
専門的内容にひと工夫する
科学者の仲間内では、専門用語が共有されています。専門用語は仲間内でのコミュニケーションの効率化のためにはすぐれたものですが、非専門家に伝える際にはできるだけ避ける必要があります。また、数式に関しても苦手な人もいるのでできるだけ避けましょう。ただし、どうしても必要な用語や数式の場合は、丁寧に説明しましょう。
尺度の人間化によって直観的理解を促す
分野によっては極端に大きな数値や極端に小さな数値が出てきます。専門家はこうした数値にたいする感覚が鋭敏になっていますが、非専門家はそうではありません。たとえば、次のような工夫が必要です。
- 「1ナノメーターは、10のマイナス9乗メートルです」よりは、「1ナノメーターは、1メートルの100万分の1のさらに100万分の1です」とか「1ナノメーターは、髪の毛の幅の10万分の1です」と人間を尺度に使うことによって数値をイメージしやすくする。
置き換えによる説明で理解を促す
- 「大気圏の幅はおよそ100キロメートルです」ではなく、「地球がリンゴの大きさだとすると、大気圏の厚みはその皮ほどもありません」と、身近なものに置き換えて説明する。
- 「これと同じことが、現代の日本に起こったらどうなるかを考えてみましょう」
適切な比喩を適切に使う
数式を用いた本格的な理論的理解は敷居が高いとなると、どうしても比喩や擬人化に頼ることになります。たとえば、ヒッグス粒子との相互作用によって素粒子の質量が生じることの説明では、真空中にパチンコ玉のようにぎっしりとヒッグス粒子が詰め込まれていて、そのヒッグス粒子の「海」をハドロンがかき分けかき分け進むので質量が生じるのだ、という喩えがよく使われます。
このように、比喩や擬人化は直観的な理解を促すのに有効です。うまい比喩を考えましょう。ただし、比喩は同時に誤解の種でもあります。したがって、次のような注意が必要です。
- これはあくまでも喩えであることを強調する
- 喩えなので、こういう点は、本物には当てはまりません、と喩えと実物の相違点を指摘しておく
- もうすこし正確な説明が可能であれば、喩えでおおよそを理解してもらった後では、正確な言い方にとってかえる
- わかりやすくしようとするあまり、家庭生活や男女関係・性など、人によって考え方や嗜好が大きく異なる領域や、差別や偏見につながる領域に、喩えを求めるのは禁物です。聴衆の中には不愉快に思う人がいるでしょうし、あなたの良識が疑われます。
大事な概念や専門用語は、数をしぼったうえで、丁寧に解説する
まったく専門用語を導入しないのは「物足りない」感じを与えてしまうこともあります。市民にこれだけは覚えて帰ってもらう「おみやげ」となる専門用語を1つか2つ導入して、その意味を丁寧に解説することも有効です。
聞き手も「そんな単純な話ではないだろう」ということは予想してくれています。あなたが、自分の話の中でここはどうも単純化しすぎていると感じるところは、正直に「本当はもっと様々な条件を考えに入れなければならないのですが、」とか「ここは、話をかなり単純化しています」と告げ、質問があればより詳しく説明しましょう。あるいは、さらに深く知りたい人のために書籍などの手がかりを紹介しておきましょう。
誤解されそうな用語・概念は丁寧に話す
人口に膾炙している科学用語であっても、正確に理解されていない用語があります。たとえば「利己的遺伝子」を、自分勝手なことをする傾向をヒトにもたせる遺伝子だと思っている人がいます。そのような理解のズレの可能性に気づいたときには、丁寧に話す必要があります。
そのような用語は専門語だけに限りません。たとえば、「理論」や「帰納」という言葉、また学会の仕組みなども丁寧に説明する必要があるでしょう。また、専門語として使われるときと日常語として使われるときで意味が異なるため誤解を招きやすい語にも要注意です。たとえば、「行動」という語は、日常よくつかわれる言葉ですが、これが心理学の専門語として使われるときにはかなり違った意味になります。
わかりやすさと正確さ
作家の井上ひさしさんの言葉に、「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」というものがあります。科学を伝えるときにも、そのようにできればよいのですが、現実には簡単ではありません。それは科学には本質的に難しいこと、もしくは複雑なことが多く含まれているからです。分野によっては、10年以上の大学での学習を経ないと正確に理解できない内容もあるでしょう。 難しい内容をレベルを落とさずにどれくらいわかりやすく説明するか。これは専門家としてのあなたに対するある種の挑戦とも言えるでしょう。
わかりやすい内容に対するニーズに応えようと、科学の本質的な難しさを無理して単純化しようと試みたいと思うかもしれません。単純化をして市民に伝えることは時として有効ですが、また時には誤解を与えることにもなりかねないので注意が必要です。
非専門家に専門的内容をわかりやすく伝えようとすると、どうしても、単純化したり、図式化したり、さまざまな付帯条件をカットしたりと、ある種の「ごまかし」をせざるをえません。講演ではつねに、単純化と科学的知見の歪曲の可能性とを天秤にかける必要があります。正確さを追求するあまり、話が分からなくなってしまうおそれがあるなら、思い切って単純化を選ぶべきでしょう。
話が込み入ってくるときには、それを聞き手に予期させることが有効です。具体的には、「これからの説明は少し難しい内容に入りますがよろしいでしょうか」といった枕詞を加えると聞き手も心の準備ができます。
- 参考<文章執筆の基本>
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パラグラフライティングを心がける。パラグラフ(段落)を単位として文章を書いていきます。各パラグラフでは一つのことを主張します。その主張はパラグラフの冒頭か末尾に置き、パラグラフの残りの部分はその主張の説明、根拠、具体例などを書きます。
各節の見出し、小見出しは非常に重要です。見出しだけを読んでいくと、論旨の流れが分かるようにします。
陳腐な決まり文句、手あかにまみれた喩えは文章感覚が鈍いことを白状するようなものですから極力避けましょう。「神秘のベールにつつまれた」、「勝利の女神がほほえむ」、「影響がさざ波のように広がる」のたぐいです。
簡潔で、明快で、理解しやすい文を書きましょう。そのための注意事項は次の通りです。
- 受動態はなるべく避けましょう。能動態で書きます。
- 英文直訳調になっていないかチェックしましょう。「…されうる」とか「彼/彼女」の多用とかです。
- 文の書き出しと文末が対応しているかどうかチェックしましょう。「なぜなら」で書き出したら「だからだ」で終わっているか、「…の違いは」で書き出したのに「…が異なる」で終わっていたりしていないか、などです。
- 一つの文の主語とそれに対応する述語の間にあまりに多くのことが詰め込まれた結果、主語と述語が離れすぎていないかチェックしましょう。
- 「…であり、…し、…され、…」という具合に連用形でいくつもの文をつなぎすぎていないかチェックしましょう。
- 「…だが、…であるが、…だが、…」という具合に「が」でいくつもの文をつなぎすぎていないかチェックしましょう。
- 「動物の行動のメカニズムの研究の代表的研究者の著作」という具合に、「の」でつなぎすぎないようにします。
- 何通りにも区切って読むことができるような文は、多義性のない文に書き直しましょう。
- 「という事」「する時」「する為」「従って」「故に」「如何にして」「概ね」「就中」「所謂」などのように、機能語に漢字を使うことは避けましょう。
- カタカナを多用すると読みづらくなります。和語に直せるものは直しましょう。
- 「…である。…である。…である。」のように、文末に同じ表現が連続することは避け、適当に散らしましょう。