市民とともに科学する
研究室の仲間をつくる
このStarter's Kitは、まず、科学的知識をどのようにうまく伝達するか、のノウハウから始まりました。そして、それにもとづき、科学者と市民が科学・技術・社会の関係について対等に語るための場をどのように立ち上げるかというところまで展開してきました。これを、さらに一歩進めることはできるでしょうか。つまり、あなたの研究室と市民との連携をもっと深めて、市民の方々に研究室の仲間になってもらう、さらにいえば、あなたの研究を支援してもらう。そんな関係を築くことはできるでしょうか。少数ながら、そうした研究室は存在します。ここでは或る研究室の活動に対するわたしたちの調査をもとに、研究室を応援する市民のネットワークをどのようにつくっていけばよいかについての知恵をまとめました。
1 まずは、講演会をネットワークづくりに活用する
- まずは、大学、自治体、小中高等学校など主催を問わず、市民向けの公開講座・講演会に積極的に協力していきましょう。
- あなたの研究室でも、講演会やセミナーを定期的に開催します。つねにあなた自身も話題提供するようにしますが、マンネリを避けるために知り合いの研究者の講演と2本立てで行ってもよいでしょう。プレスリリースやウェブサイト、ポスター掲示、外部での講演会でのチラシ配布などさまざまな手段で広報します。
- 受付をつくり、研究室の活動を伝えるブローシュア、その他の資料を配付します。また、芳名録に記帳をお願いし、講演に来ていただいた方々からは必ず連絡先を聞き、次回以降、かならず個人宛に案内を出すようにします。
- 講演会の後には、スナックと飲み物を用意して、簡単な懇親会を開きましょう。そこで、一人一人の参加者と話をします。教えるというスタンスではなく、講演会が楽しかったかを尋ね、市民が科学に何を要望しているのか、講演会をさらによくするにはどうしたらよいかの知恵を借りる、というスタンスで話をします。研究者とじかに話ができる機会はあまりありませんから、喜んでもらえますし、あなたとの距離を縮めるよいチャンスとなります。
2 コアとなってくれる常連さんと出会う
- 市民の声に耳を傾けるうちに、あなたは「市民」をひとくくりにして「科学の素人」と考えることの危うさに気づくでしょう。講演会に来てくれている人には、実にいろいろな人がいます。理学部や工学部、農学部の出身者も平均以上に多いはずです。また、エンジニアのように研究開発を仕事にしている人もいるでしょう。理科の先生もいるでしょう。かつて科学者になることを夢見たけどさまざまな事情からあきらめた人もいるでしょう。博物館や科学館でボランティアをしている人もいます。こうした多様さを知り、高みから「教えてやる」という姿勢で語る態度を捨てることがまずは重要です。
- 科学についての講演会にわざわざ足を運ぶ人です。その中には、必ずと言ってよいほど、市民社会と科学の関係について、ふだんから考え、高い理想をもって何かを実践したいと思っている人がいます。こうした方の中には、実際に地域でさまざまな活動をしている人もいます。ぜひ、このような方々と、次のような話題について深く話し合ってください。
- 市民は科学に対してどのような役割果たすべきか
- 科学者は社会においてどんな役割を果たすべきか
- 科学に利便性だけを求めていてよいのか
- 基礎科学を支えるにはどうしたらよいのか
- 科学者と市民のコミュニケーションギャップを解消するにはどうすればよいのか
- 科学の魅力を若者に伝えていくにはどうしたらよいのか
3 交流のための組織を立ち上げる
- コアとなってくれそうな常連さんに、より交流を深め、できれば研究室のプロジェクトを支援してもらえるような恒常的な会をつくりたいのだけれど、と相談してみましょう。もちろん、このような提案をする前に、十分に対話を深めて、互いの信頼関係を構築しておくことが必要です。
- 会の目的を明確にすることが重要です。講演会などの企画運営を協力して進めるという目的でもよいですし、もっと直截に、しかじかの研究プロジェクトを実現するための寄付金集めを行う、という目標もあるかもしれません。また、研究分野によっては、地域の人々の調査・研究への直接の参画が必要になるプロジェクトもありえます。しかし、基本は、研究室と社会をつなぐ役割を果たす、という点に求められるでしょう。
- コアメンバーと協議の上、会の名称、会の規約、運営方針、活動内容、会費徴収の有無、会計管理などの事務作業のリストアップと分担、会員募集の方法、連絡先、いつまでに設立するか、設立総会の日時と内容などをはっきりと決めます。こうしたことに関する知恵と経験は、あなたより地域での活動の経験がある市民の方がたくさんお持ちでしょう。むしろ、学ばせてもらうつもりでのぞみましょう。
- 参考までに、わたしたちが調査した会では、おおむね次のような規約を定めています。
- 会の目的
- ○○研究室の研究成果を社会へ伝達する架け橋として、○○学の発展に寄与する
- 会の活動
- 講演会などの企画運営、会誌の発行、年一回の総会の開催
- 最初から、たくさんの会員を募る必要はありません。むしろ会の趣旨をよく理解してくれる人を掘り起こすことを重視した方がよいでしょう。なぜなら、設立当初の会員は、その後の会の運営で中心的役割を果たして頂くことになるからです。
4 交流組織を中心にして活動を多様化していく
○会の活動の中心は、おそらく講演会、セミナー、研究室見学、施設見学、博物館見学、会員の自主的な勉強会などになるでしょう。こうしたイベントを行うたびに、会員にアンケートをとったり、懇親会で話し合ったりして、会員のニーズをたえず聴取します。アンケートをとると、空調の調節のことから、レーザーポインターの使い方まで、実に細かく指摘してくれます。
○しかし、あくまでも科学者と市民の協働のための自主的組織ですから、運営は役員をつとめる市民の方々にまかせてあまり口は出さず、要望に応じてできる限りのことをする、といったスタンスに立つのがよいでしょう。
○わたしたちの調査では、会員が求めるものは、入会当初から時間がたつにつれて変化していくことがわかっています。入会当初は、知識欲を満たしてくれることを期待していますが、その後になると、会を通して友だちの輪が広がること、研究者や学生に対する愛着といった情緒的要因が強くなってきます。また、知識欲求の中身も変化していきます。最初は、珍しい事実を教えてくれる、素朴な質問に答えてくれる、美しく驚異的な映像を見せてくれる、常識が覆される喜び、研究対象そのものがもつ神秘性・ロマンといったことが参加の動機です。時間がたつと、研究生活についての興味、科学がいかに動いていくのかを見てみたい、研究者と知的好奇心を共有しプロジェクトを支援してともに成功を喜びたい、学んだ知識を使いたいといった具合に知的欲求の中身や程度が深まっていきます。
○こうしたニーズの変化に応じて、新しい活動を工夫し、科学知識の伝達を超えた多様なコミュニケーションを実践していくとよいでしょう。以下は、実際になされている活動です。
- 講演、セミナーを要望に応じてカスタマイズします。たとえば、子ども向け教室や、講演では飽き足らなくなった会員のためのより進んだ内容の特別講義や、基礎理論を一から学ぶ教室を開くなど。教室では、学生に戻ったつもりになって、一緒に手計算をする、理科年表の読み方を学ぶ、データ解析の一部を手伝うなど、講演会では得られない体験をしてもらうとよいでしょう。
- 他の研究者を招いて講演やセミナーを開催し、多様な研究者に出会う機会を提供する。
- 市民の中には、いろいろな方面にコネクションをもった方がいます。こうした方の協力を得ることができると、音楽生演奏と食事付きの講演会など、一風変わった科学イベントも企画できます。
- 会員に学んだ知識を使ってもらう機会を紹介する。熱心に講演会や教室に足を運ぶ会員の中には、せっかく学んだ知識を地域で役立てたい、あるいは子どもたちに伝えたい、と考える人がいます。じっさい、博物館・科学館のボランティア、地域の科学広場などの世話役を務める人が現れたり、栄養士さんが地域で栄養学教室を開いたりするようになっています。
- 食事会、見学先でのバーベキュー、バスツアーなどの交流会を開きます。会員同士の交流を深めるためです。
- 研究室のロゴをデザインして、それをあしらったグッズ(カレンダー、ステッカー)を制作します。会のアイデンティティと、研究室への愛着を高めます。
○会を通じて市民にかかわる際の基本方針として重要な点は次の通りです。
- 夢があるが明確で実現可能な目標を設定する
- 市民から学ぶ姿勢をつねに示しアドバイスを受け入れ、提案をできるかぎり実行しようとする態度を示す
- あなた一人が頑張るのではなく、学生も参加させ、市民に学生が一生懸命にやっているところを見せる
- ニューズレターを発行したり、季節の挨拶を送付したりして、こまめな情報提供を行い、しばらく欠席が続いても、自分は会の一員なのだという気持ちを維持してもらう
- 機会あるごとに積極的なプレスリリースにつとめる
- 忙しくて要望に応えられない場合は、そのようにきちんと伝える。交流を通じて、「優雅な大学教員」のイメージは間違いで、研究者は超多忙であることがわかってもらえているはずです。これまで、できるかぎりの要望に応えようとした積み重ねがあれば、理解してもらえます。
5 「科学で分かったこと」の伝達から好奇心の共有へ
○通常の講演会では、おもに「科学が何を明らかにしたか」つまり科学の成果が伝えられます。しかし、市民との交流が深まると、研究室を実際に見てもらったり、学生・院生の勉強・研究ぶりを見てもらったり、あなたの研究上の苦労話や悩みなどを語ることによって、研究活動そのものやそれを実践している研究者の生活に対する興味を持ってもらうことができます。さらに、あなたが何を明らかにしたくて、これほど熱心に研究活動をしているのかが伝わると、「それを私も知りたい」というように好奇心の共有にまで進んでいくことも可能です。こうなると、会員の市民は、研究室の「応援団」的存在になってきます。
○もちろんそのためには、会員につねに研究室の最先端の成果を伝える必要があります。投稿論文の採録が決まりしだい伝えるべきでしょう。新聞に載る前に私たちに伝えてくれた、という感激が、あなたの研究に対する一層の親近感をもたらすのです。
6 「市民からの支援」とは何か
以上のように、研究室の仲間をつくっていくことで、あなたはさまざまなものを受け取ることになります。
- まず、あなたの社会についての理解が深まります。大学の外にどのような人がいて、どんなバックグラウンドと、どんなニーズをもっているのか、どのような期待と懸念を科学に対して抱いているのかを知ることができます。
- あなたの研究を自分のこととして注目し、期待してくれる人々が増えることによって、社会の中に基礎科学に対する理解者が増えていきます。
- 以上のような活動を通じて、会員は「科学コミュニケーター」に育っていきます。こうして、研究室の仲間は、あなたの研究やあなたの専門分野の知識を、社会の広い層の人々、とりわけ子どもたちに伝えてくれます。
- こうした会を通じて、会員の方々が研究室の寄付金集めに協力し、研究プロジェクトを支援したケースもあります。会員みずから寄付をしただけでなく、市民の人脈を活かして、研究者の企業回りに同行し、さまざまな情報や助言を与えました。もちろん、社会からの寄付だけでは研究はまかなえません。むしろ、寄付は研究者と市民の絆を強め、研究の理解者を増やす働きをしたのです。
- しかし何よりも、こうした市民との協働を楽しむことにより、あなたの人生が豊かになることでしょう。これが最大の贈り物と言えるでしょう。
○こうした支援について、会員につねに感謝の念を伝えることが重要です。また、外部に向かって、市民からの支援を受けていることを発信し、明示することも同様に大切です。