3.1 初日における学生の関心
初めて教壇に立ったときのことを思い出すと、冷や汗が出ませんか。コースの初回の授業は、人との出会いがいつもそうであるように、不安と期待が交錯するなんとも言えない緊張感がただようものです。重要なのは、学生もその点では同じだということを忘れないことです。初回の授業はしばしば大雑把なコースの紹介をして、シラバスを配って、成績評価について必要事項を伝えて、「それじゃ、来週からね」とばかりに早く切り上げる、ということになりがちです。ここでちょっと見方を変えて、初回の授業を、教師と学生双方の不安を取り除き(英語では"break the ice"と言います)、コースに対する期待を高めるための絶好の機会ととらえてみましょう。まず、学生と教師がそれぞれ、なにを求めて初めての出会いに臨んでいるのかを整理することから始めましょう。
3.1.1 受講することによって、どのような知識、アイディア、スキルを獲得できるのか
大半の学生はとても現実的なので、目標が具体的に設定されないと、モティベーションが高まりません。目標設定が不明瞭だと、彼らに不安感を与えてしまいます。冊子になった講義要綱の情報だけでなく、毎回の授業・課題内容を指示したシラバスを配付したほうがよいのはそのためです。口頭だけでなく、体系的・具体的に図示するほうがより親切でしょう。
3.1.2 クラスの雰囲気にうまく溶け込めそうか
学生一人ひとりはバラバラな存在です。授業のときも、別の教室から移動するもの、生協やバス停、下宿のベッドから駆けつけるものなど、さまざまです。また、ほとんどの学生は互いに見ず知らずで、無意識に互いを牽制しています。教師としては、彼らの緊張をほぐし、目標を同じくする「仲間」であるという意識をいかにもたせるかが重要です。
3.1.3 教師に対して、基本的な信頼感を抱くことができるか
この教師は信頼するに足る魅力的な人物か、学生は興味津々で観察しています。「この授業をしかたなく担当することになった」「厳密にはこの分野の専門家ではないのだが」「忙しくてなかなか授業の準備ができなくて」などの前置きは、「やる気がなさそうな教師」という印象を与えてしまいます。できるだけ、「この授業に一所懸命取り組みたいし、学生にも大きな関心をもっている」という態度を見せましょう。
出欠のカウント方法や成績評価については、厳正かつ公平な姿勢を示したほうがいいでしょう。とくに新入生にとっては、授業が大人と大人の契約関係であるという発想は、新鮮で魅力的に感じられるものです。相手を一人の大人として尊重すれば、違反してペナルティを科せらされたとしても納得するでしょう。
3.1.4 おもしろそうな授業だという期待を抱くことができるか
初回の授業は事務的になりがちで、学生も緊張しているので、できるだけクラス全体がリラックスできるような話題を随所にちりばめたらどうでしょうか。授業目標が明確に設定され、参加意識がもてて、教師が魅力的で、内容は工夫されていて、かつユーモアに富んでいる、そんな授業をこれから受けることができるのだと期待させることが大事です。
3.2 初日における教師の関心
3.2.1 学生のレディネスを知りたい
レディネス(readiness)とは、授業を受けるのに必要な基礎知識とスキルの習得水準と学習に対する意欲のことです。学生のレディネスを事前に知っておけば、授業内容や課題を適切なレベルに設定できるので、学生にとって満足度の高い授業を提供できるようになります。反対にレディネスを無視すると、質問しても誰も手をあげなかったり、欠席が多くなったり、試験やレポートの出来が悪くなるという弊害が現れるかもしれません。
3.2.2 学生の関心を知りたい
教師にとって、今日の学生はいつも謎多き存在です。なぜ髪を染めるのか、なぜ携帯電話を片時も離せないのか、なぜそんなにマイペースなのか。これから授業でつきあっていく学生は、いったいどのような雰囲気の集団なのか、不安と興味は尽きません。初回の授業で、彼らにいろいろな質問を投げかけてみましょう。
3.2.3 学生と仲良くなりたい
授業もまた、人間関係が基本です。積極的に彼らに話しかけてみませんか。せっかく大学に入ったのに、教師とコミュニケーションをとることを嫌がる学生は少ないはず。重要なのは、まず最初に打ち解ける努力を始める責任は、学生ではなく教員の側にあるということです。
3.3 初日にこれだけはやっておこう
3.3.1 姿勢・話し方に気を使って、あいさつ・自己紹介をしよう
最初に教壇に立つときは、できるだけ清潔感のある服装で、かがみがちにならないように気をつけましょう。学生のあごのあたりを見ながら(目を直視すると学生はおじけづいてしまう、という研究があります)大きな声ではっきり、ゆっくりと話してください。自己紹介なんて気恥ずかしくて抵抗があるかもしれませんが、学生はあなたがどういう人間であるか、とても興味をもっています。
3.3.2 意識的に学生とコミュニケートしよう
- 一方的にしゃべって終わりにしない。たとえば、「1年生の人はどれくらいいますか?」。あるいは「法学部の人は? 文学部の人は? それじゃ、それ以外の人は? 君はどの学部?」と挙手をさせる。これにより、学生をリラックスさせ、会話のきっかけをつかむと同時に、クラスの構成を知ることができます。
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より少人数のクラスでは、学生を指名して、予備知識を必要としないごく簡単な質問をしてみましょう。たとえば、「○○については高校で教わったことがあるかい?」「このコースが終わったときに、なにができるようになっていたらよいと思う?」などなど。
- アンケートをとることもよいでしょう。この場合、学生とコミュニケーションを始めることがねらいですから、もち帰って集計するというようなおおげさなものではなく、簡単に書けて、その場で読み、フィードバックすることのできるようなものがよいでしょう。たとえば、哲学の授業なら「哲学という言葉から連想する語をひとつ書いてみよう」というのはどうでしょうか。すぐに回収し、「なるほど『小難しい学問』ねえ。確かにそうとも言えるけど……」と、いくつかの特徴的な回答にコメントしながら、コースの内容紹介に役立てることもできます。
3.3.3 学生を個人として扱う
ごく少人数のセミナーではさらに、学生に「このクラスでは自分は個人として扱われるのだ」ということを自覚してもらうことが、その後のクラスの運営にとって非常に重要になってきます。単に名簿を読み上げて点呼をとるだけではなく、教師、学生同士が互いの名前を覚えることのできるような工夫が必要でしょう。そのために、いくつかの方法が提案されています。
なによりも大切なことは、こうして覚えた名前を使うことです。名前で相手を呼ぶことは、人間関係を築くための最も基本的なことがらです。大人数のクラスでは全員の名前を記憶するということは不可能ですが、可能なかぎり、学生の顔と名前を一致させ、名前を尋ね、意識的に学生を名前で呼ぶように努力してみましょう。学生は、自分がマスの一員としてではなく、個人として扱われることをうれしく思い、クラスに参加することに責任を感じるようになるでしょう。
3.4 コースの内容について適切なオリエンテーションを行う
3.4.1 授業の趣旨を説明する
授業の中心となるテーマおよび趣旨について概観してみましょう。これから始まる半年あるいは1年間の物語の予告編にもなります。全体に一貫するテーマの重要性を訴えながら、この授業を受講することによって、最終的にどのような知識、アイディア、スキルを獲得できるのか、また、授業の性質・位置づけ(入門編なのか上級編なのか、概論なのか特論なのか)についても説明しましょう。重要なのは、そのテーマがおもしろく興味深いと、教師自身が思っていることを伝えることです。
3.4.2 シラバスを配付し、授業の内容と方法を説明する
シラバスを配付します。1年生はおそらくシラバスを受けとるのは初めての経験でしょう。シラバスとはなにか、コースはシラバスに沿って行われること、必要な情報はすべてシラバスに書いてあるからとくに課題や締め切りなどについてはそのつどアナウンスしない、といったことを伝えます。
3.4.3 教科書・参考文献を紹介する
授業の主題に対して、なぜその教科書を用いることが適切なのかを説明します。学生は、利用価値の不明な教科書を購入させられることをとても嫌がります。入手する方法、学習方法についても説明を加えておきましょう。
3.4.4 出欠・成績評価方法(試験・レポート)を説明する
出欠・成績評価において最も重要なのは、フェアであるということです。一部の学生のルーズさ(代返・途中退室など)を見逃してしまうと、まじめな学生が損をしたと感じ、結果的に受講者全員のやる気を削いでしまいます。とくに成績評価の方法は透明性が重要ですから、初回にはっきりと通知しておくべきでしょう。
3.4.5 オフィスアワーなど質問の受け付け方について説明する
オフィスアワーを設けるならば、そのことを伝えます。事前にアポイントメントを要するかどうか、電子メールでの質問、電話での質問に応じるかどうかの方針を伝えます。
3.4.6 ティーチングアシスタント(TA)を紹介し、その役割を説明する
TAとは、授業開始の30分〜1時間前に打ち合わせをしておく必要があるでしょう。そのうえでTAを紹介し、その役割を受講生に説明します。TA自身にも簡単な自己紹介をしてもらいましょう。
3.5 学生と契約をしよう
授業中の私語、携帯電話、途中入室、途中退室、レポート提出ルールの無視は、すべての教師の悩みの種です。それと同時に、授業をきちんと聴きたいという学生にとっても、最大の迷惑であることを忘れてはなりません。こうした一部の学生のルール違反を放置する教師は、学生からの信頼を失いかねません。
教室から私語を根絶する、ということはおそらく不可能でしょう。しかし、すぐにでもできることはあります。学生にこれらの行為がルール違反であることを伝えることと、自分はそれを許さないという姿勢を示すことです。これらを「常識だから」と言って学生に伝えずに放置し、我慢の限界を超えたところでいきなり爆発、というのはお互いの精神衛生によくありませんね。「常識」は、伝えられなければ常識となりません。
受講のルールを伝える最もよい機会は、初回の授業をおいてほかにはありません。配付するシラバスの中に、こうした受講のマナーを含む学生と教師の契約事項を書いて互いに確認しておくのもひとつの方法です。たとえば、次のような事項について、明確なルールを伝えておくことができるでしょう。
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授業中に私語、携帯電話、途中入室、途中退室はしない。
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時間どおりに授業を始め、時間どおりに終わる。
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資料配布のルールを決める。
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レポート提出のルールを決める。
- 授業時間外の指導についてのルールを決める。