8.1 学生が納得できる成績評価をしよう
成績評価と単位認定は学生生活でのフラストレーションの最も大きな要因のひとつでしょう。そして、それは下手をすると、教師にとっても大きな悩みの種になります。明確で公正な基準にもとづいた成績評価を行う努力を怠っていると、学生から成績について抗議を受けたときにきちんとした対応ができなくなり、窮地に追い込まれます。成績を「大甘」につけていれば、こうしたトラブルは起こらないでしょうが、心ある学生からは軽蔑されるようになります。
成績をつけるという行為自体が、純粋な知的好奇心にもとづく自由な探究という学問の精神に反する、という信条もあるでしょう。しかし、大学にせよ、大学院にせよ、その学問の世界に学生を招き入れるにあたって、われわれは試験にもとづく成績評価を現に行っているわけです。このように成績評価が学生の人生について回る以上、われわれにできることは、成績評価が学生を傷つけ学問から遠ざけるものではなく、向上をもたらすものになるように努めるということでしょう。
というわけで、成績評価の基本は、
- 一貫した原則にもとづいていること
- 明確かつ公正であること、
- 学生を励ますものであること
ということになります。以下では、こうした成績評価を行うために注意すべき点についてまとめていきましょう。
8.1.1 成績評価のポリシーを説明しよう
なぜ試験をするのか、なぜ成績をつけるのか、通常より厳しい成績評価を行う場合、なぜ自分はそのように厳しくするのかなど、つまり自分の成績評価についての基本的原則を学生に語っておきましょう。学生に嫌悪され、軽蔑されるのは、厳しく成績をつける教師ではありません。その厳しさが理性的な学問観・評価観にもとづいたものでなく、コントロールされていない私怨、抑圧、人格的なゆがみによるものだとかぎつけたとき、学生は教師の厳しさを軽蔑し嫌悪するのです。
8.1.2 評価方法を学生と契約する
成績評価の基準と方法は、コースをデザインするときに考えておかねばなりません。なぜなら、成績評価の基準はコースの到達目標と不可分ですし、なによりもコースの始まるときに学生と契約すべき事項のひとつだからです。シラバスに成績評価の基準と、できればその方法を明確に示しておきましょう。その際には、「小テスト、出席点、期末試験、レポートの成績を総合的に加味して評価します」というあいまいなものではなく、次の点を明確にしたものを配付すべきです。
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成績評価にかかわるそれぞれの項目の比率。たとえば、「小テスト30%、期末試験50%、学期末論文20%」というぐあいに示します。
- 試験を受けられなかったり、課題を提出できなかった場合にどのような方針で望むか。救済策を設けるなら、それはなにか。
- 成績評価にかかわるそれぞれの項目が、学生の到達目標とどのような関連をもっているか。たとえば、小テストは基本的概念の意味を正しく理解しているかどうかを見るためのもの、期末試験はそれらの概念を正しく用いて現実の問題に適用して理論的に考えることができるかどうかを見るためのもの、というように。
8.1.3 成績記録の管理と保管
期末試験の答案は学生が卒業するまで保管するということになっていますが、コースの途中で採点した小テストの点数、課題の評価なども、常にまとめてすぐに提示できるような形で管理しておきましょう。このことにより、学生の最終的な成績評価をめぐってトラブルが生じたときに、きちんと正当化することができます。
8.2 テストによる成績評価
8.2.1 学習を支援するテストを
テストは成績をつけるためだけに行われるのではなく、(1)学生自身が復習をし、コースで学んだことを整理する機会、(2)学生が自分の理解度を確認するための機会、そしてうまくいけば、(3)学生がさらに学ぶ動機を獲得する機会、ということも忘れないでください。そこでまず、こうしたテストの教育機能をさらに充実させるための工夫を紹介しましょう。
- 過去の試験問題、あるいは模擬試験問題、試験用の練習問題をクラスに配付する。学生たちは「試験対策」と称して、サークルの先輩から過去の試験問題を手に入れることに躍起になったりします。そんなことは「試験対策」ではないのだということを知らせるべきです。そのためには、このような問題を出題しますから、それに対応できるように復習をしておきなさい、と指示してしまえばよいのです。
- メモ1枚持ち込み可。重要な公式を暗記させることに主眼がある場合は別として、テストのときには、A4の用紙1枚に重要と思う事項を書いてもってきてよいと指示します。いわばカンニング・ペーパーを公認するということですが、これにより学生は事前に教科書やノートをかなり真剣に見直し、しかもコースの重要ポイントはなんだったのかをよく考え、それを簡潔にまとめるという作業を自然と行うようになります。
- 予想問題と解答例、採点基準を学生に作らせる。よくできた問題はボーナス点として試験の点数に加算します、と宣言すればより効果的でしょう。これも上の項目と同じような効果があります。
- 試験の直後に解答を発表する。「直後」というところが重要です。なぜなら試験を受け終わったばかりのときが、最も解答を知りたいという欲求が高まっているからです。
- 論述形式の試験を行う場合など、事前に問題を与えておき、十分に下調べをさせる。この場合、むしろ試験の主眼は、事前にどれだけきちんと考えをまとめたかを見ることになります。
8.2.2 テストの問題をつくる際に考慮すべきこと
最も重要なことは、問題はコースの目標に応じて作らなければならないということです。コースの目的が計算能力の向上にあったのなら、それを促しそれを確かめる問題でなくてはなりません。事実的な知識を重視する内容のコースであればそれに即したテストを、事実よりも原理を重視するコースであればそのようなテストを行うべきです。概念の理解、原理の応用、解釈、翻訳、知識の定着、事象の分析など複数の目標をもったコースなら、それぞれの目標に応じた内容と形式の問題を用意しましょう。
問題をひととおり作り上げたら、次のチェックリストの各項目について確認をしましょう。また、同僚やTAにコメントを求めるのもよいでしょう。自分では気づかなかった問題文のあいまいさなどを指摘してもらうことができます。
8.3 論文による成績評価
論文の書き方の指導については、すでに「7.2 学生の書く力を伸ばそう」で触れたので、そこを参照してください。ここでは学生が書いた論文をもとに成績評価を行う際の問題点と解決策を考えていきましょう。
8.3.1 評価を公正に行うために
論文による評価で最も悩ましいのは、客観的な評価基準を立てにくいということです。しかし、基準を明示しない評価では、学生は、自分の提出した論文がCならCという評価を得たときに、どこが悪かったのかわからなくなってしまいます。また、教師の側も明らかに出来の悪い論文でも基準を明示しなかったばっかりに不合格にすることができなくなってしまい、その結果「書けばOK」になってしまいます。したがって、論文の評価基準を事前に学生に明示しておくことが大切です。この基準は、逆に学生にとってはどのような論文を書けばよいのかのガイドラインにもなります。
また、論述形式の試験についても当てはまることですが、論文の評価では採点基準を一定に保つことが難しくなります。同じような論調・内容の論文をつづけて読んでいると、次第に評価が厳しくなっていったり、採点作業の初めと終わりで基準がずれてきたりします。これはどうしても避けがたい側面もありますが、(1)採点作業に入る前にあらかじめいくつかの論文をピックアップして読んでみることによって、できぐあいのばらつきをおおよそつかんでおく、(2)ときおり、すでに最初のころに採点ずみの論文を取り出してきて読み直す、(3)いくつかの問題からなる論述形式の試験の場合、答案用紙ごとに採点するのではなく、問題ごとに採点する、などの方法をとることによって、基準のぶれを最小限にすることはできるでしょう。
8.4 成績評価にまつわるトラブル
8.4.1 課題の提出をめぐるトラブル
1. 提出期限を守れない
どんな学生にも、事故、病気、身内の不幸などで提出期限内に課題を提出できないという事態が生じえます。このようなとき、期限は期限だから1日たりとも延ばすことはできないと突っぱねるのも現実的ではありません。とはいえ、あまり融通をきかせると、期限を守ろうとしている学生に不信感を抱かせてしまいます。これは頭の痛い問題ですが、たとえば次のような対処法もあります。あらかじめ、コースの初めに学生に次のように言っておきます。「君たちに3日(ここはコースの事情に合わせて適切な日数を定めてください)のボーナスをあげよう。これは、コースの中で課されるいろいろな提出物の提出期限を合わせて3日だけ延ばしてあげる、というものです。3つのレポートの提出期限をそれぞれ1日ずつ延ばすために使ってもよいし、ひとつのレポートの提出期限を3日間遅らせるのに使うこともできます。計3日以内ならペナルティなしに提出物を受け取ることにするよ。その代わりそれを超えたら……」。これはアメリカの大学では猶予日数(days of grace)と呼ばれているようです。
2. 「提出したはずですよぉ……」
学生は課題を提出したと言い張るのに、なぜか教師の手元にはない。こうしたトラブルを避けるためには、課題提出のルールとしてコースの最初に、必ず1部コピーをとって学生の手元に保存しておくことを約束させるという方法があります。もし万が一、教師が紛失してしまったときには、そのコピーを再度提出してもらうことができます。
3. 剽窃の疑いがあるとき
すべての不正行為に共通することですが、まずは防止することが先決です。論文の書き方についての指導を行う際、あるいは論文の課題を配布する際などの機会をとらえて、剽窃とはいかなることか、そしてそれがなぜ許されない重大な不正行為なのか、を説明しておかなくてはなりません。
しかし、不幸にして剽窃の疑いのある論文(学生が書いたとは思えない表現が多用されている、そっくりな論文が複数見つかった、など)が現れたとしましょう。困ったことに、それがどこから取ってきたものなのか、あるいは誰が誰に見せたのかを突き止めるのは困難です。しかし、なにもしないで放置しておくというのは望ましくはありません。
万能の方法はないのですが、学生を呼び出して面談するというのが、おそらく最良の解決策ではないかと思います。論文の内容について簡単な質問をしたり、表現の意味を尋ねたりします。実際に剽窃をした学生のほとんどは、こうした面談によって剽窃したことを認めます。あとは、剽窃がいかに不正なことであり、本人にとっても有害なものであるかを説明し、しかるべき対応を伝えます(単位を与えることはできないとする、あるいは書き直しを命ずる)。
8.4.2 試験をめぐるトラブル
1. 試験のやり方が不正行為を生むということに気づこう
確かに、入学試験と同様なくらいに取り締まりを強化すれば、不正行為を防止することはできるでしょう。しかし、このように、人を見たら泥棒と思え式で対処していると、学生との信頼関係はぼろぼろになってしまいます。「不正行為したいけどできない」ではなく、「不正行為をしようとは思わない」試験にしていくにはどのようにすればよいのでしょうか? これは難しい問題です。特効薬はありませんが、いくつかのポイントをあげておきましょう。
- クラスのふだんの運営において、学生が個人として扱われているという自覚を育てておく。大勢の中の名もない一人であるとみなされていると感じているときは、個人として知られていると感じているときに比べてずっと不正行為に対する心理的障壁が低くなってしまいます。
- 教師が学生を信頼せず不正行為の摘発に血道をあげているのはどうかと思いますが、逆に教師がまったく無関心に見えると不正行為を生み出してしまいます。不正行為は軽蔑すべきことだと考えていることを伝え、試験時間中は適切に見回りをするなど、不正行為の防止に関心をもっているというメッセージを伝えることが大切です。
- 試験場を巡回している際に、疑わしい行為を見つけたとします。そのときは、いきなり「君、いまカンニングしたろう!」と決めつけるのも、動かぬ証拠をつかむまで見てみぬふりをするのも得策とは言えません。われわれにとって重要なのは、不正行為の検挙率を上げることでは決してないのですから。「その本をしまったら? 不正行為と誤解されますよ」など注意の促し方を工夫する必要があります。
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不正行為を誘発しがちなのは、その試験さえ合格すれば単位が認定されるという一発試験型の授業です。これは、その試験にあまりに比重がかかりすぎるために、学生に過重なプレッシャーをかけてしまう(この試験に落ちたら、いままでの努力が無駄になる!)ことと、逆に、その試験さえなんとか合格してしまえば、かりに一度も授業に参加していなくても単位がもらえると考える学生が増えること、という2つの点で、危険を冒しても行うだけのメリットを不正行為に与えてしまいます。中間試験、課題提出など、学生が評価を受ける複数の機会を設けることで、こうした問題を防ぐことができます。
- 試験の内容を、標準的な学習をしていればそれなりの点数が獲得できるような妥当なものにする。学生の実力を発揮させるよりは、トリッキーで、学生を振るい落とすことを目的にしたような敵対的な問題ばかりを出題していると、学生は自衛手段として不正行為に頼るようになってしまいます。
2. 不正行為が起きてしまったら
まずは、やめさせることです。注意を促したり、疑わしい行為をしている学生のそばに立つ、席を換わることを促すなどして、警告を与えます。しかし、それにもかかわらず不正行為をやめない場合はやむを得ません。しかるべき手順に従って不正行為を扱うことになります。このとき、十分に気をつけなければならないのは、自分で恣意的な処分をするべきではない、ということです。
試験中に生じた不正行為の取り扱いについては、各部局に規則があります。それを頭に入れておくことが重要です。
3. 成績評価への抗議
学生が血相を変えてオフィスに飛び込んできて、「先生の○○学が不可だったんすけどぉ。もっとよくできたと思うんですけど……」と言う。こんな経験は誰にでもあるでしょう。このように自分の成績評価についての不服申し立てに来る学生に、どのように対処すればよいでしょうか? このような場合、しばしば半ばけんか腰の学生も見られます。したがって、教師は「じっくり話を聞いてあげよう」という態度をとることが重要です。まずは、教師の側からは口をはさまずに、学生に言いたいことを言わせましょう。そのあとで、成績記録、次に保存してある答案用紙を確認します。そこで教師側のミスが見つかればしかるべく謝って、成績をつけ変えればすむことです。そうではない場合、答案用紙をいっしょに見ながら、どこに問題があって期待したほどの点数にならなかったのかを説明します。あるいは、成績記録をチェックする間、学生に自分の答案をもう一度見直させておいてもよいでしょう。この間に、学生は落ち着きを取り戻します。
決して基準をずらしたり、「温情」で成績をつけ変えたりしてはなりません。「交渉すればなんとかなる」といううわさが学生の間に広まると、あなたはとんでもないツケを支払わされることになります。たいていの場合、教師が明確な基準のもとにきちんと成績をつけていることがわかれば、学生は打って変わって冷静になり、納得するものです。もし、あなたがきちんと成績をつけていなかったら……そのときは自業自得ですね。
重要なのは、TAが課題の採点にかかわっている場合、成績評価をめぐって学生と教師の間で板ばさみになるという事態を避けることです。そのためにはTAに、成績に対して抗議に来た学生がいたら、最終的な採点は教師の責任で行われているから自分はこの件に関しては何も権限がない、と答えさせることをあらかじめ徹底しておくことです。