名古屋大学高等教育研究センター第118回客員教授セミナー
海外留学の教育社会学的検討:エンプロイアビリティと教育格差を中心に
開催日 |
2025.05.08(木) 15:00-17:00
海外留学の教育社会学的検討:エンプロイアビリティと教育格差を中心に
オンライン
定員:100名
開催レポート
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登壇者 |
小林 元気 氏(鹿児島大学総合教育機構 中等・高等教育接続センター 准教授) |
応募締め切り | 2025.05.06(火) 23:59 |
近年政策的に重視されている国内大学生の留学派遣は、主にグローバルな職業労働環境を前提とした人的資本の形成手段として構想されてきた。しかしながら、留学教育の拡大が従来からナショナルな社会領域で存在している教育と社会的地位達成の関係にどのような影響を及ぼすことになるのか、という教育社会学的な問いは、まだ議論の緒についたばかりである。本セミナーでは、大学生の留学経験が内定獲得にもたらす効果と、留学機会をめぐる教育格差について検討し、海外留学をめぐる新たな論点の提示を試みたい。
本セミナーは Zoom によるオンライン開催です。
オンライン参加の要件等
・マイクが利用可能で、高速なインターネットに接続されたPC等が用意できること。
・発言等ができる静穏な環境で参加できること。
以上をご確認のうえ、お一人様1アカウントにてお申し込みください。
参加方法
参加申込された方にセミナー開催前日までにお知らせします
主催
名古屋大学高等教育研究センター[質保証を担う中核教職員能力開発拠点]
諸連絡
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開催レポート
若年層の留学派遣が政策的に推進される社会状況を背景として、国内大学生の留学経験が職業達成に及ぼす影響と、留学機会をめぐる教育格差の構造について、実証的な分析に基づく報告を行った。
講演の前半では、従来から教育社会学が議論してきた高等教育と大企業での職業達成の結びつき(学校歴仮説)をふまえ、大学レベルの学校歴効果や個人レベルの諸変数(性別や専門、就職活動の準備状況等)を統制したうえでも留学経験が効果をもつかどうかを検討した。53大学約1万5千人のデータをもとにマルチレベル分析を行った結果、大学時代の留学経験は大企業への内定獲得オッズを高めていた。このような分析結果について、就職活動の採用選考を通じて留学経験が自己成長を伴う「サバイバル経験」として語られることで、留学経験はグローバルな職業労働への適性を示すシグナルとしてではなく、「意欲」「コミュニケーション能力」のように日系企業が従来から重視してきた汎用的な資質を示すシグナルとして解釈されている可能性を、「グローバル教育のローカルなエンプロイアビリティ」仮説として提示した。
後半では、留学機会をめぐる教育格差の問題を検討した。先行研究が実証してきた個人レベルの格差(出身家庭の社会経済的条件や貸与型奨学金の受給状況)と、大学間の格差(大学間階層や特定大学を対象とした政策的支援)の存在を仮定し、80大学約8千人の調査データを用いてマルチレベル分析を行った。分析の結果、大学4年生秋時点の留学経験に対して、様々な属性を統制したうえでも、個人レベルでは世帯収入の正の効果、貸与型奨学金の受給による負の効果、大学レベルでは入試難易度の正の効果、「グローバル人材育成推進事業」採択校であることによる正の効果が観察された。この結果は、大学生の留学機会が個人の出身階層や経済状況、在籍する大学の国際交流リソース等によって格差化されていることを示唆している。
最後に、これらの知見に基づいた議論を行った。第一に、留学機会の格差をどのように考えるかという問題である。留学がこれまで学(校)歴のように大括りに把握されてきた構造の内部で個人の有利な初職達成に影響している可能性をふまえ、社会的公正や機会配分の視座から議論する必要性を主張した。第二に、ポストコロナの留学政策がもたらす帰結である。留学の早期化・長期化を志向する政策方針と円安が進む為替状況、本報告で示された格差構造をあわせて考えると、今後の大学生の留学機会はますます個人間・大学間で二極化していくことが予想される。そのような状況で、3か月未満の留学への支援を重点化し国際交流の裾野を広げることの意義を指摘した。第三に、コスモポリタニズムや多文化主義、グローバルシティズンシップの在りかたという論点から、留学教育の意義を問い直す必要性である。「教育の経済化/グローバル企業化」の力学によって留学の意義が個人的・経済的な方向へと傾きがちな社会状況において、グローバルな経済的不平等の是正や連帯的な多文化共生をどのように構想できるのかという問題提起を行った。